第61話 一旗揚げる
「――と云う訳で試供品です」
疾刀は、『ダーク・ライオン』の型番『LI-A1』を二つ、隼那と恭次に手渡した。場所は喫茶『エルサレム』である。
『LI-A1』は全体的に性能の数値を平均化して、どの性能も約70%ずつ、疾刀の髪の毛からアンチサイ能力を取り出した、ジャミングシステムだ。
「『役に立たない』とは言わせません」
その言葉は、疾刀の自信の表れだ。
「何が『と云う訳で』かは判らんが、判った。
実戦での運用で、性能への不満や要望を述べれば良いのか?」
「ええ。その為ならば、宇の『クルセイダー』に、両方提供しても構いません」
「どうする、隼那?」
飽く迄も、リーダーたる責任者は隼那である。実情として恭次を立てる者が多いとしても、大きな決断を下すのは彼女だ。
「いいでしょう。
何なら、私たちが乗り込んでもいいのだけれど……。
日本国憲法を守るのなら、私たちが他国の戦争に協力するのはマズいのよねぇ。
憲法を破った途端に、日本が攻められるなんて可能性を考えたら――
宇の『クルセイダー』に渡すのが、最も無難でしょうね」
「ソレですら憲法違反と言われたら、もう戦争するしかなくなるんだけど……。
自衛隊が軍部政治を試みて、二正面作戦が成立する内にクーデター起こして戦争になったら……。
うん、悪夢でしかないな」
夢魔は手放した筈だがと、恭次は思う。
全知全能の神が、高笑いしているのが容易に予想が付く。
そこまでしてイジメたいのならば、公開処刑はほぼ確定だ。しかも、恐らく一度は死に損なう。
と云うか、恐らくは現存しているのは、不老不死の能力で完全には死なないものの、願いの叶え過ぎによる過労死状態が続き、残滓となっている神の意識の影響力だ。
恐らくは、『全知全能』であるが故に、サタンへの『13年間の呪い』が発動し、復活し切れないのだ。
『呪い』の初期発動は、2014年10月21日だ。2027年に、『サタン』たる『全知全能の神』の復活の時だ!
もう、ロクな事が起こる気がしない。
『魔王』たる者として、『魔王』らしく、悪いことをやっておけと云う事だろうか?
夢の中でも、『悪魔』たるべき手段が示されていて、兎角、専門書の類を読めば良いらしい。
――お断りである。『魔王』らしく、自由に振る舞わせて貰いたい。『ルールを守る自由』を行使したい。
「うん、宇に回すのも止しておいた方が良さそうね」
問題は、『常世』では想像した事すら実行されると云う事だ。
目覚めた枕元に、『悪魔的心理学』の本が置いてあって、チラリとは見たが、やはり、読み進める気になれない。
ただ、何故か、現在の時点においては、露による北海道侵攻や、朝による核ミサイルの打ち込みが恐ろしいものの、恐らく避けられるものと思えて。
不思議と『呪い』が掛かるまでずっと不安だった気持ちが、今は武者震いを残すのみなのだった。
――戦争?ソレも、7日間で世界が滅んじゃう奴?
――ヤれば?二度と世界に、生命が発生しない程に。
二度と世界が繰り返さないのであれば、結果がどうなろうと構わない。
経過は気になるが、結果は一つだろう。
ソレが嫌ならば、即座に戦争を中止し、二度と起こさなければいい。
武力・暴力・軍事力の類で強引に争うので無ければ、競技で競って、競った結果に従って統治すれば良い。
吾唯足知を実行すれば、不満も然程発生しないだろう。
足るを知らぬから、争いが起こるのだ。
唯、足るを知れ。吾は足るを知っている。
唯、何事をも為さざるには、人生は長過ぎるから、こんな事をしているのみだ。
十分に安定した収入。ソレが得られないから、足掻いているのみだ。出来るだけ正しく在るように。
『想像した事すら罪』。確かに理に適っているが、ソレでは相当の修行を積んだ一部の人間以外は、罪を犯さずには居られないだろう。
否、修行したからと云って、『想像』のレベルまでコントロールし切れるだろうか?生涯に於いて。
恐らく、不可能なのだろう。
だからか。今朝、『悪魔に為れ』との夢を見たのは。
そして、『もう為っている』と云う事か!
あの『本』が欲しい!恐らくはソレこそが、『ラプラスの魔本』なのだろう。
あの作品のデータは失った。ソレが、恐らく致命的なのだ。
今なら判る。真に『頭が良い』とはどう云う状態なのか。
七つの美徳の一つでも有れば、ソレだけでも十分なのかも知れない。
ただ、『頭が良く』なる為には、やはり勉強が必要だ。
そして、恐らく既に悪魔に為っている。故に、『頭が良く』なる為には、相当な勉強が必要だ。修行に近いか、ソレを超えるレベルで。
聖人として有名な彼も、『七つの大罪』と云う七つの『悪い事』を持っていたのだ。
対して、十三個もの『悪い事』を持っているが故に、『聖人』にはなれず、『魔王』と化した。
その基準から言うと、もう一人のあの聖人は、『百八個』もの『悪い事』を持っていたのだ。
ソレは、宗教的に対立しても、仕方があるまい。
『歌う地獄』が残した言葉も、大概罪深い。
否、所謂『クリエイター』は、『悪い縁起に打ち勝つ』事によって、成功を収めている者が多い。
だが、『悪い縁起』も、思い込みに依るのだ。打ち勝たねば、成功は収め得ない。
だからか。『専門書』が『悪魔に為る手段』だったのは。
あの小気味の良かったBGMは、再度聴いてみたいと思う程のものだ。
ああ、早く『死人』となりて、常世で永遠の眠りに就きたい……。
だが、ダメなのだよ。何らかの成功を収めて、一旗揚げない事には、未練が残る。
ああ、その一旗よ、疾く来い!
その為には、努力が必要だ。
やはり、競い争う事になるのは、回避出来ないか。
宜しい。ならば、白旗を揚げよう。
恰好悪かろうが、平和の方が好きである。
白旗でも、旗は旗。揚げられるのならば、ソレに越した事は無い。