第9話 ヴァルハラにて
「おお、そうだったのか!」
電車の中、今日が5人目のチームメイトとの顔合わせだと聞いて、ようやく事情が飲み込めてきた。
「『そうだったのか』ってお前、まるで初めて聞いたみたいに――」
「俺は初めて聞いた気がするぞ」
「……」
「5人目が集まりそうだって話は聞いたけどな」
「……」
駅へと到着。黙って電車を降りる。
娯楽の殿堂『ヴァルハラ』までは、ここから歩いて10分とかからない筈だ。
全国大会の予選も行われるここ『ヴァルハラ』には、特徴が幾つかある。
まず、団体戦の予選の開催地の条件でもある、5つ以上の筐体の設置。これが揃っていなければ、団体戦が行えない。
次に、スクリーンの設置。コレによって、外野も試合の観戦が出来る。
ただこれは、試合をする側にとってはあまり嬉しい環境とは言えない。
何しろ、戦ってもいない相手に、自分の手の内を晒す事になるのだから。
……まぁ、大会などで有名になってしまった者など、もう関係が無いので、むしろこういう所を好むのだが。
だから、大会前にはそれを見て研究しようという人間も集まるのだ。
そして!これが俺たちにとって最も重要なポイントなのだが、未だに1ゲームが200円!
……いや、まぁ、些細な事なんだけどね。
「蒼木ぃー、お前、何処に行ってたんだよ!」
店に到着すると、圭が早速、俺の遅刻を責めた。
「悪い、忘れてた」
「まあ、いいや。
それより、右端か、その隣のスクリーンを見てみろ。始まるぞ」
言われるままに、指差す方へと顔を向けた。違うアングルから、同じ戦いを写し出すところだった。
ライトタンクV.S.ヨシツネ。ヨシツネはケントの持ちキャラ。
そしてもう一方のライトタンクは……。
「アレ?あれってCPUキャラのタンクじゃないのか?」
緑のベレー帽に、迷彩のズボンと迷彩服。そして右手のライフルという出立は、タンクタイプの由来ともなったCPUキャラに瓜二つだった。
ついでに言えば、今日の10時頃に倒したキャラにも似ている。
「それをマイナーチェンジしたキャラで、これから流行るかも知れないタイプの1つだ。
ケントが店内対戦を希望して、ようやく順番が回って来たんだ」
「……そうか。アレが仕上がっていたのか」
誰にも聞こえないような小さな呟きを洩らす。
新しいCPUキャラの開発には、俺もバイトの時に関わっていたので、一応、ソイツがどんなものか知っていた。
但し、守秘義務に関わる内容だ。詳細は明かせない。
俺もとりあえず、試合を静かに観戦する事にした。
『FIGHT!』
周りの騒音で、音は良く聞こえないが、画面の文字で試合が始まった事が分かる。
開始直後、ライトタンクの姿がやたらゴッツい装甲服に変化する。
タンクも持つガード必殺だが、イマイチ効果が薄く、それを真似する者は少ない。
ライトタンクが、逆螺旋を描きながら、ゆっくりとヨシツネに接近しつつ、弾をバラ撒き続ける。
対するヨシツネはガード。隙を見ながら、相手を正面に捉えるよう向きを変えながら、コチラも間合いを詰めようとしている。
ライトタンクがバラ撒く弾は基本技の為、ヨシツネの体力は削れない。
今朝、俺が戦った時と同じ展開だ。
バランスの良いヨシツネ。対して、素早さに重点を置いているらしいライトタンク。二人のキャラが接近する。
ほぼ同時の攻撃!
ココも、俺の時と同じ展開だ。
ココで俺はショットガンを放った為に打ち勝った。
だが、ヨシツネは弾き飛ばされてしまった!
「うそっ!そこで負けるのか!?」
銃の攻撃力は、他の近接用の武器に比べて基礎攻撃力が低く設定されて、バランスを取っている。
同時の攻撃が重なると、威力で優る方が打ち勝つ筈なのだが……。
「新しく加わるCPUキャラの試作品なんだってさ。
もう1体のヘヴィータンクも、そのまま使って通用する性能を持っているらしいぜ?」
「……何でそんなものが?」
試合内容は、自分より速いキャラと戦い慣れていないヨシツネが、始終劣勢だった。
「スピリットの社員なんだってさ、彼女」
スピリットは、シンクリストを生み出した会社の名前だ。
「……女性?しかもスピリットの社員が、何でまた」
「今回の大会に出たくて、辞表をチラつかせて頼んだらしい。
今日ここで会う予定を立てたのも、その二つのキャラのテストプレイを頼まれたからなんだと。
昼になったら仕事は上がりらしいから、とりあえず食事に誘って、話を聞こうぜ」
試合は、ライトタンクの圧勝だった。完封、つまりダメージを与えずに終わってもおかしくなかったが、ケントの意地がそうさせなかった。
多分、必殺技で2・3度削ったのだと思う。
「お前、良くこんな相手に勝ったな」
「あのガード必殺、大して強く無かったからな:
「……1週間前にバージョンアップされた、歴代2位の性能だぜ?」
怪訝な顔をして、圭は言う。
「そうだったのか?ショットガンで十分に対応出来たけど。
……何が強いんだ、アレ?」
「初の、360度ガード。つまり、隙無し。
……なぁ、お前のショットガン――いや、ショットガンって時点で反則だけど――何か小細工してないか?
さっき見て思ったんだが、余りにも威力が強過ぎないか?」
そもそもショットガンが一般には手に入らない筈なのだが、そこはスルーされた。
「攻撃力に偏りをつけただけだけど?」
「……何だ、ソレ?」
まるで初耳だと言うように、圭が眉を顰める。
「キャラクターを作る時、『詳細設定』の中にあっただろ?」
言ってから、ひょっとしたら店に設置されている筐体には、そんなものは無いかも知れないなと思った。
俺のジャックは、バイトの報酬の一つとして、俺が設定して作り上げたものだ。
このキャラから検出されたバグは多いし、削除するのは勿体無い、という訳だ。
「何ぃぃぃぃぃぃぃ!そんなことが出来たのかぁぁぁぁぁぁぁ!」
まぁ、無かったら無かった時だ。その時に改めて説明すれば良い。
……そんな会話を繰り広げていると、右端の筐体からケントが出て来た。
頭を掻きながら、近付いて来る。
その隣の筐体は、未だ出口が開いていない。
「いやー、強ぇわ、彼女。……つうか、あのキャラと、新しいガード必殺が」
「そうか?関係無かったんじゃないか、ガード必殺は」
「最初の一撃をガードされたろ?
完全な無効化はされなかったけど、ダメージがほんのちょっと入っただけで、動きに影響は出なかった。
それでカウンターを喰らったんだから、割に合わん」
肩を竦めてケントは言う。
『PERFECT』の文字が表示されるエフェクトが無かったから、何処で削ったのかと思ったら、そこだったか。
必殺技にも飛び道具の無いヨシツネが、何処でダメージを入れていたのか気になっていたのだが……。
「そういや、彼女は未だ出て来てないのか?」
辺りを見回しながら、ケントが妙にそわそわとした様子を見せた。
……何だ?いつもと随分様子が違うぞ?
ケントだけは、普段の様子に落ち着きがあると思っていたのだが。
これが、圭か真次なら納得がいく。
ケントは、どちらかと言うと、二人に合わせているだけの感じなのだが……。
「あの格好なら、遅くなっても当然じゃないか?」
圭のその言葉に、真次はウンウンと頷く。
「そうそう。あんな格好でこんなゲームをする奴の気が知れん」
「「お前は黙ってろ!!」」
2本の人差し指が、真次をビシッと突き指す。
……おかしい。三人が揃っているならともかく、圭とケントだけが息が合っているなんて。
もし、今の真次の立ち位置に来るならば、どちらかと言うとケントだ。
これは、何かある。
俺は、その『何か』を見極めるべく、勘繰るのであった。