ワータイガー

第11話 ワータイガー

「……テメェ、名前は?……いや、俺の方から名乗るのが礼儀だな。

 俺は久井くい 虎白こじろ。久しいに井戸の井、獣の虎に色の白だ。……テメェは?」
 
「ヤクザ相手に名乗る名は持ち合わせていない。

 ヤクザに名前を知られることがどれだけの意味を持っているのか、それにも予想がつくし、第一、『テメェ』と呼ばれて僕が気持ちの良い筈が無い」
 
「なるほど。おまえ、相当の自信があるんだな。

 だが、俺の本気の実力を見れば、考えが変わるゼ」
 
 そう言って、虎白は拳銃を引き出しの中にしまった。
 
「……てっきり、至近距離でソイツを撃つと思っていたのだが、期待外れだな。

 ……もっとも、僕の実力を思い知ったのなら、賢明な判断だ。目玉にでも打ち込まれない限り、僕に拳銃は通用しない。
 
 目玉も、瞼を閉じれば恐らく平気だろう」
 
「『テメェ』から呼び方を『おまえ』に変えた点については、どうなんだ?」

「出来れば、『貴方』もしくは『君』と言って欲しかったが、『テメェ』よりはマシなことは確かだな。その程度だ」

「殺す前に、質問をする。

 アンタ、苗字か名前に、『狼』の一字は入っていねェか?」
 
「『アンタ』にはギリギリだが、合格点をあげよう。

 『狼』の一字は、名前に含まれているが、それがどうした?」
 
「……そうか。親戚、のようなものなんだろうな、アンタと俺は。同類と言った方が正しいか。

 なぁ。アンタ、ウチの組で働かねェか?そしたら、三百万、払っても良い」
 
「断る。

 ヤクザは嫌いだ。脅しや嫌がらせを積極的に行っていることも気に入らないし、平気で人を殺すところなど、昔の最も自分が嫌だった頃の自分の姿を、嫌でも思い起こさせられるからな。
 
 もう、人は殺したくない」
 
「……お前も、血に飢えているタチなんじゃねェのか?ヤクザになれば、俺はアンタを優遇してやるつもりだし、日常的に血をすすることが出来る上、刑務所へは下っ端が代わりに行ってくれるからな。

 お前にとっては、夢のような暮らしじゃねェか?え?おい?」
 
「血には飢えているが、対処はしている。

 それに、言った筈だ。もう、人は殺したくない、と」
 
「……『もう』、ってことは、人を殺した経験があるのか?」

「……幼い頃だがな。実の父親も、僕がこの手で殺した。母も、ほとんど僕が殺したようなものだ」

「ますます良いねェ。

 ……なぁ。俺たちの仲間になれよ。いい思い、させてやるゼ」
 
「僕は、自分の生活に不満は無い。これ以上を求めるつもりも無い。

 不満があるとすれば、コイツのような連中に絡まれることが、外出する度に度々あるという程度かな?」
 
「……女はいるのか?」

「……いない」

 多少迷って、狼牙は嘘をついた。被害が詩織に及ぶのを防ぐ為だ。だが、その迷いがいけなかった。
 
「迷ったな。ってことは、打算が働いたってことだ。

 恐らく、恋人なり妻なりがいて、その女に被害が及ぶのを恐れてのことだろう。
 
 さあ、俺はおまえの弱みを握ったゼ。どうする?」
 
「……仕方ない」

 狼牙は机の上に置いた小さい方の弾丸を手に取り、指で弾いた。
 
 狼牙の指に弾かれた弾丸は、目にも止まらぬスピードで、虎白の眉間へと一直線に向かい、そして――
 
 その弾丸は、虎白に受け止められた。
 
「……一雄から聞かなかったか?俺が、普通の人間じゃないと。

 それに、こうも俺は言ったよな。俺とアンタは、同類だ、と。
 
 ……『虎白』の名前を聞いていたんだから、予想がついていると思ったんだが……俺は、アンタの正体に予想がついているゼ」
 
 一瞬、狼牙が小さく驚いたような表情をした。
 
「ほぅ……。

 言ってみろ。当たっていたら、半額にしてやろう」
 
「ゼロにしろよ、ゼロに」

「冗談じゃない。二百万を切るのも、最大限の譲歩だ。万が一、当てられたら困る」

「起こるかもしれないゼ、その万が一」

 ニィッと、虎白は笑みを浮かべた。
 
「僕は、君が何と予想しているのかにも気が付いている。

 君が外し、僕が当てたら、倍の六百万にしてもらえるかな?」
 
「……いいだろう。

 一雄、席を外せ。この件、俺が決着をつけてやる。特別に、な」
 
「はい!

 失礼します!」
 
 一雄が出ていくのを確認してから、虎白はこう提案した。
 
「代わりに、俺が当て、アンタが外したら、ゼロにして貰うゼ」

「……まぁ、いいだろう。それで、対等な賭けになるからな。……表面上は」

「その、『表面上は』ってのが気になるな。

 一体、何を予想している?」
 
「……メモ用紙と、ペンは無いかな?

 手品ではないが、君が何と予想したか、書いて差し上げよう。
 
 それと君の予想も当たってたらで良い、倍額の六百万にするのは」

「ほらよ」

 虎白は、メモ用紙とペンとを差し出した。狼牙は虎白に見られないようにしながら、すらすらとそこに文字を書き、伏せて差し出した。
 
「行くゼ。
 
 お前の正体は……ワーウルフ!」
 
 そう言った虎白は、メモ用紙をひっくり返した。そこに書かれていた文字も――ワーウルフ!
 
「何ぃ?違うのか!」

「違うのだよ。

 君は、ワータイガーだな?」
 
「……当たりだ。

 でも、どうしてお前がワーウルフではないのだ!」
 
「手を、差し出してもらえるかな?
 
 握手して欲しい。それで、予想がつくかも知れない。まあ、それで当てても、六百万はいただくがね」