リットとフィネット

第23話 リットとフィネット

「それはどうかな?」

 第三者からの声に二人が驚いて振り向くと、扉を開けてリットが立っていた。
 
「フィネットに聞いたが、事情はほとんど話してくれなかったそうだな?

 皇帝が、軍まで使ってお前たちを探している。
 
 何故かは分からないが、皇帝はお前たちに、相当執着しているようだ。
 
 私自身も、お前たちを探すように云われている。
 
 ステイブ中将が、遂に失脚した。
 
 私がお前たちを連れて行けば、副官の地位が転がり込んで来る。
 
 悪いが、私と共に来て貰おう」
 
「――話が早過ぎはしないか、リット。

 確かにそんな話はしていたが、俺はてっきり何年も先の話だと思っていた。
 
 軍からも追放されたお前が、突然そんな待遇で復帰すると云うのは、幾ら何でも無茶な話なんじゃないのか?」
 
「目的の物を見付けるまでは、調査隊が目立つ訳にはいかなかったそうだ。

 気付かなかったか?支払われる賃金が異様に高い事を。
 
 佐官待遇だそうだ。軍へ復帰する時も、そのように扱うつもりだったらしい。
 
 だからこそ、若くて優秀な人材ばかりを揃えたのだそうだ」
 
「――失敗続きだった連中の、何処が優秀なんだ?」

「彼らは無茶な命令ばかりを与えられていたからな。

 共通して、早期に決着が着かなければ、退却するような命令を与えられていた筈だ。
 
 心当たりがあるだろう?」
 
 確かに心当たりは無い訳では無かった。
 
 負けず嫌いのレズィンは、だからこそ無茶して敵地に潜入し、狙撃によって指揮系統から突き崩していったのだから。
 
「そんなことをする必要が何処にあるんだ?

 俺たちは踊らされていたのか?なぁ!答えてくれ!
 
 何故、そんなことをする?まともな人間のする事じゃ無いぜ!」
 
「思うに……」

 返答に迷うリットに代わって、シヴァンが口を挟んだ。
 
 二人がそれに続く言葉に注目する。
 
「人魚の肉が、本当に効果があったのではないか?」

「そんな馬鹿な!」

 ラフィアも同じ様に言っていたその可能性を、レズィンは頭から否定して、今まで考えていた。
 
 今は、口からはやはり否定する言葉が飛び出したものの、頭の中ではその可能性を考慮に入れて、今までに集まっていた情報を再分析していた。
 
「――これで、私の知らなかった単語は二つ目だ。

 世界樹と、人魚。
 
 皇帝陛下からも、そんなことは聞いた事が無い。
 
 説明してくれるのか?」
 
「言うな、レズィン!」

「分かってるさ。

 悪いな、リット。お前が皇帝に味方する限り、今度ばかりは云う訳にはいかねぇ」
 
 リットはともかく、もし皇帝の手に切り札となる情報が渡る事になれば、三人は口封じの為に殺される可能性も、今となっては考えられた。
 
 最早、皇帝が道楽で竜を探していたという可能性は無い。
 
 問題は、何処まで知られているかという事だ。
 
「交換条件を出そう。

 ココに、お前が中将から取り上げられた銃がある。
 
 コイツと引き替えということでどうだ?」
 
 リットが懐から取り出したのは、紛れもなくレズィンの銃、無限弾であった。
 
 祖父の形見であるそれは、確かにレズィンにとって大切な物だった。
 
 だが所詮、物は物でしかない。
 
 賢者の石がラフィアの頭の中にあることまで知られてしまった場合、確実にラフィアの命は無い。
 
「悪いな。ソイツが今の俺にはオモチャにしか見えねぇんだ」

 半分は、嘘である。だがレズィンは命と物とを天秤にかけて迷うような人間では無い。
 
「――そうか。残念だ。

 なら、これで考え直してくれないか?」
 
 リットの動きを見て、レズィンは凍り付く。
 
 無限弾の銃口は、今、二人の方へと向けられていた。
 
「じょ、冗談だろ……なぁ、リット――?」

「私は本気だ!」

 普段から真顔で冗談を飛ばす男だ。
 
 レズィンは今回もそうであることを期待していた。
 
 いや、そうとしか信じられなかった。
 
 だが冗談ではない証拠に、引き金にゆっくりと指が掛けられた。
 
「止めてよ、兄貴!」

 銃を構えるリットの腕に、背後から近づいていたフィネットが飛び掛かった。
 
「何で、レズィンさんにそんなことするの?

 何で兄貴がそんなことしなくちゃならないのよぉ!」
 
「放せ、フィネット!」

 必死で抵抗するフィネットも、リットが本気で力を出せば、やはり男女の体力の差は大きく、簡単に取り押さえられてしまう。
 
 自らの妹の首に腕を回して押さえつけたリットは、次の瞬間、信じられない行動に出た。
 
「これでどうだ!

 少しは話す気になるだろう!」
 
 フィネットのこめかみに、銃口が押し当てられた。
 
 彼女は泣き叫び、抵抗するが……。
 
「正気か!リット!」

「何故だ!何故お前ばかりが真実へと近付いて行く!

 幼い頃から、皇帝の副官となるべく育てられてきたこの私が、何故、一介の研究所すら調べる事が出来ないのだ!
 
 私は正気だとも、レズィン!所詮血の繋がりの無い妹など、幾らでも犠牲にしてくれる!」
 
 リットは銃口を下に向けると、フィネットの足を撃ち抜く。鮮血がスカートを紅く染め、白い足を流れ落ちる。
 
「――血が、繋がっていない?」