第7話 ラフィア・ハスティー
「てっきり、何だ?」
「てっきり……そうそう、おさかなでも売りに来たのかと……」
レズィンに渋い顔で睨まれ、尻つぼみにそう云う。
頭痛でもしたのか、レズィンは頭を押さえて悩んだ。
「――こうも露骨に惚けられると、対処に困るものなんだな……」
「惚けてなんていませんわ。
ただ、ちょっと――」
「要は何を考えていたかすら知られる訳にはいかないってことだろ?」
「はい。
あ、いえいえ、そんなことではなくて――」
「別に聞き出すつもりは無いから、誤魔化さなくて良い。時間の無駄だ」
どうやら半分天然ボケも混じっているなと思いながら、レズィンは心底そう思った事を言った。
相手をそうして黙らせてから、訊ねるべきことを頭の中で順に整理する。
「まずは名前を確かめるべきだったな。
俺はレズィン。レズィン・ガナット。
アンタは?まさか、名乗れないとは言い出すまい?」
「ラフィア・ハスティーと申します。
今はこんな姿をしておりますが、一応は人類と云って差し支えないですから、誤解なさらないで下さいね。
城の外に出たら、多分、普通の人間と見分けはつきません。……余程、私の存在に詳しい人でない限り。
でも、そういう人は、多分、もう寿命で死んじゃってますから、ちょっと変わった人、って程度にしか思われないと思います」
一瞬、偽名を使われているのではないかという思いがレズィンの頭を過るが、そこまで疑っていても仕方が無いと、すぐに思い直す。
彼女が人類であるという点に関しては、この際、何も言わない事に決めた。
そして、まず確かめたいことが、一つあった。
「俺をココから出すつもりはあるのか?」
「ええ。この城からでしたら、どうぞご自由に」
ラフィアの言い方に、レズィンは何か引っかかるものを感じ取った。
「……この森からは、どうなんだ?」
「どうぞご自由に」
ニコニコ。
彼女の笑みには、濁りが無い。
「手を貸すつもりは?」
「それは、ギブ・アンド・テイクという奴ですわ」
「やっぱりな」
飛んで火に入る夏の虫、だった訳である。
「手っ取り早く、条件を聞こうか」
「そうですね……。
ココで見た事……竜の事と、この城の事。それに私たちに会った事も、誰にも言わないで貰えれば、いつでもお好きな時にこの城を出られるようにして差し上げますわ」
「……なら、この森から生きて帰る為の護衛の条件は?」
「それは……そうですね……。
私たちを、森の外で、街の中での案内をしていただけるのでしたら」
「……それで?
ココでアンタたちに会った事も云っちゃダメなのか?」
「……おや?」
不思議そうに首を傾げるラフィアを見て、再びレズィンは頭を痛める。
彼が街で誤魔化す事に関しては、大きな問題は無かったが、このままでは彼女たち自身がボロを出すのは目に見えている。
流石にレズィンも、その時までフォローし切れる自信は無かった。
「少なくとも、アンタらがそんな姿で街へ出ようものなら、ココに何かがある事は怪しまれると思うけどな。
ココや竜の事を隠しておきたい理由は聞かせて貰えるのか?それと、街へ出たい理由もだ」
答えが返って来る事を期待せずに、レズィンは問い掛ける。
「ココの事を隠しておきたいのは、そのように頼まれているからです。誰から、とは言えませんけれど。
街へ出たいのは……やっぱり、退屈ですからね、ここは」
「頼まれている、か。
まぁ、妥当な答えだな。今までのと比べれば。
しかし、竜を見付けた事も報告出来ないとなると、コレは帝国への裏切りになっちまうんだが……」
云ってみてから、ふと、彼を左遷した上官の顔を思い出す。
無能が服を着て歩いているような男で、レズィンと意見が対立する事が多かった。
死に物狂いで手柄を立てたものの、レズィンには命令違反の処罰を、そして手柄はその上官自身のものだと言い張っていた。
旅立つ直前に、レズィンの耳にもその男が昇進したという噂が飛び込んできている。
「……良いアイディアだな、ソレ」
ニコッと、レズィンの反応を見たラフィアは微笑んだ。
「そろそろ、客室の準備も整っているでしょうし、一晩ゆっくりとお休みになられては?
街の方へは、早速、明日にでも参りましょう」
こうしてレズィンは、ようやく一時の安らぎを得る事が出来た。