第22話 マンティコア
「知っているのか?」
不注意な疾刀の発言に、ケベックは鋭く反応する。迂闊だったと後悔しても、もう遅い。
だがケベックは勝手に首を横に振って、自分でその意味を解釈した。
「いや、名前を知っているだけだろうな。君ほどの者を、彼らが放っておく筈が無い。
因みに風魔君。君はどんなソフトを身に着けているのか、教えてくれないか?」
「キャットとパンサー、ですけど?」
あえてグリフォンの名前は出さない。一般には入手出来ないソフトなだけに、用心する必要があるだろうと判断した。
ケベックはその答えを聞いて、自分の頭に手を伸ばした。
髪が掻き分けられる度に、小さく金属音がする。やがてそこからひと房の髪の毛が取り出された。
「キマイラというソフトを知らないか?アンチサイの複合型ソフトだ。
コレは、それを真似して作られたソフトでマンティコアという。
君なら、ライオンを発動させれば十分に身を護れる筈だ」
その髪の毛の束は、小さな欠片で繋がっていた。そのサイズは、紛れも無くサイコソフトと同じものだ。
「あなた、まさか――」
それを手渡そうと近付いたケベックの頭を見て、その髪の毛が異様な音を立てる原因が、ようやく判明した。
「私は、連中のモルモットも同然なのでね。
君を解放するほどの権限は持っていないが、見殺しにする訳にもいかないと思った。
ソレは遠慮なく受け取って欲しい」
傍で見れば、その髪の毛は異様に太く、荒い。
それもその筈。その全てが、黒く染められたメモリーワイヤーなのだから。
「――弱みでも、握られているんですか?」
「いや、弱みというほどではないのだが――私の娘が、連中に助けられただけだ。
今も娘は、連中の助けを借りなければまともに生きることさえ出来ない。
だから私は、彼らに逆らう事は出来ないのだ。
悪いが、この国はセレスティアル・ヴィジタントの手から逃れる事は出来ないよ。
私のように、人工的に強化されたサイキックが居る限り。
例え同じレベルでも、その質には大きな隔たりがある。
彼らだけで我々に勝つのは不可能だ」
「――仮に、式城 紗斗里が彼らに協力をしたとしたら、どうですか?」
その質問に、ケベックの口元には笑みが浮かべられた。
「彼女の実力が噂通りなら、五分の戦いとなるだろう。
もし、噂を上回っているのなら、我々の負けだ。
――だが、知っているかな?彼女の力は、彼女自身が確立した理論の限界を超えているという噂を。
そのお陰で、理論が完全には確立されていないという事を。
そして、彼女の能力を除けば、その理論は完璧に機能しているという。
だとしたら、噂の方が誇大広告だと思うのだが、君はどう思う?
――私は、彼女が相手でも五分の戦いをする自信が、ある。そして、加減は出来ない」
その笑みは、どこか自虐的で、寂し気だった。
ケベックはそのまま一言だけ別れを告げると、静かに部屋から立ち去ろうとした。
「待って下さい」