フィネットの両親

第36話 フィネットの両親

「案内してくれるのか?」

「ああ。どちらにしろ、ついて行く事に変わりは無いからな」

 セシュールの言う通り、フィネットのいる病室は近かった。
 
 何故かそこにもレズィンの病室の前にも、兵士が立っていた。
 
 フィネットは顔のほとんどを包帯に巻かれた痛々しい姿でベッドに横たわっていた。
 
 その部屋に他に患者は無く、代わりに二人の先客が居た。
 
 セシュールが見に来た時にはいなかったのか、その男女を見ていぶかしむような顔をする。
 
「その女に、何か用か?

 見舞いに来るような知り合いなどいなかった筈だが、何者だ?」
 
 セシュールに問われ、その男女は顔を見合わせて小声で何事かを相談する。
 
「――あの。あなた方こそ、ウチの娘に何か御用なんでしょうか?」

「――娘?

 見え透いた嘘は止せ。歳が近過ぎる。
 
 それに、その女の両親は死亡している筈だ」
 
 死亡云々は置いておくとして、歳が近過ぎるというのはレズィンも同感だった。
 
 二人共、レズィンと大きく歳が離れているようには見えない。
 
 せいぜいが、三十代半ばといったところだ。
 
 二人は再び顔を見合わせ、また小声でこそこそと相談する。
 
「あなた方の詳しい素性を知らない以上、事情をお話しする訳にはいきませんが、嘘は申しておりません。

 あなた方はこの子とどいうご関係なのですか?」
 
「その女は帝国の追っていた重要人物をかくまっていた疑いが持たれている。

 場合によっては事情聴取をり行う必要がある為、私がその女を逃がさないよう監視する為の責任者となっている。
 
 こっちの男は――」
 
「俺はソイツの兄貴の知り合いだ」

「リットの、お知り合い?」

 すんなりとリットの名前が出て来たので、レズィンは恐らく二人がフィネットの本当の両親であろうことを悟った。
 
 リットとラフィアたち、それにフィネット自身の話を信じるのならば、全ての符号はレズィンにとっては合っている。
 
「ええ。傭兵仲間でした」

「じゃあ――リットが何処へ行ったのか、ご存知無いかしら?」

 母親の方にそう訊ねられて、レズィンは言葉に詰まる。
 
 果たして、本当の事を正直に告げた方が良いのだろうか?
 
 何ともし難かった気まずい間を、都合良くセシュールが埋めてくれた。
 
「彼なら、行方不明だ。軍でも行方を探っている。

 それより、何故ここに居るのか、説明して頂きたい」
 
「私たちは――特殊整形の必要そうな患者が出て、それが私たちの娘らしいと聞きつけたもので……。

 それに、この子がこんな様子だと云うのに、リットが様子を見せないというので、無理を言ってお見舞いに――」
 
「特殊整形?

 そんなに酷い怪我だったのか?」
 
 レズィンの問い掛けに夫婦は頷く。この病院の設備では、傷跡が残ってしまうのだという。
 
「それで、私たちの希望次第では、研究所で治療をして頂けるという話を持ち掛けられました」

「研究所?」

 父親の言葉に、セシュールが敏感に反応する。
 
 リットが言っていた、研究所の存在を気にかけていた人物の一人が彼女であったことを、レズィンは思い出す。
 
「あなた方は、研究所の事を知っているのか?」

 セシュールにそう云われて、ハッとした顔つきになって首が激しく横に振られる。
 
 何かを知っているらしいことは明白であったが、それ以上を問い詰めるような真似はしない。
 
 ただ――
 
「秘密厳守、か。

 困ったものだな」
 
 と、残念そうに言っただけである。
 
「……秘密厳守なのに、何故、研究所がフィネットの治療をするんだ?」

 レズィンにはそれが気になった。セシュールもそう云えばと相槌を打つ。
 
「必要とあらば、研究所はその技術を提供する事を躊躇ためらいはしませんから。

 それに、私たちの娘と云う事で、気を回してくれたんだと思います」
 
「――なのに、秘密厳守なのか。

 少しおかしくはないか?
 
 何故、その存在すら隠そうとする?」
 
「理由は……私たちは知らされていません」

 これは嘘だと、レズィンは思った。
 
 もし嘘では無いとしても、もし本当に知らされていないとしても、本人たちには予想がついている筈だ。
 
 そう思い、少し意地の悪い質問をしてみることにした。
 
「なら、少なくとも10年は若く見えるその理由を教えて貰えないか?」

 返答は、期待していない。幾つか質問をしてみて、それに対する反応から、確信を得るつもりだった。
 
「それは……研究所には、老化を抑制する薬がありますから……」