第34話 バックアップ
「……やってみる」
その試みには、驚く程あっさりと結果が出た。――勿論、成功である。
だが、それに付随して、もう一つの効果が現れた。それは――
「……何だ?
僕が、パーカーにコピーされている!」
そう、コンピューター・コミュニケーション『Dolphin』を、楓と紗斗里とがネットを組む事によって紗斗里が使えるようになり、その結果分かったことなのだが、楓が羽織る赤い極細のメモリーワイヤーで編まれたパーカーに、紗斗里を構成するプログラムがコピーされて行くのだ。
紗斗里を構成するプログラムの量は、莫大である。
だが、パーカーを構成するメモリーワイヤーに蓄積出来る情報量も莫大である。
どちらが勝るか。それが判明するには、暫しの時間が必要だった。
――やがて、コピーが終わった。
どちらの情報量が多かったのか。
結果は、記録する為だけにある他には、デュ・ラ・ハーンの情報しか入っていなかった為、パーカー側の勝利であった。
情報量が莫大であるが故に存在していなかった、紗斗里のバックアップが、今、完成したのである。
「こんなパーカーに容量で負けたみたいで気分は決して良くないが、これで、万が一の時の為に僕の情報を読み取られない為の措置として、僕というデータを消しても良くなった。
……しまった!これでデュ・ラ・ハーンの原理を知ろうと思っていたのに、これでは容量が足りないではないか!」
「思ったんだが――」
紗斗里の端末であるキーボードの一つを操り、楓や紗斗里に頼まれた、ジャミングシステムの開発をしている疾風が口を挟んだ。
「楓ちゃんの脳を、一度経由することで、正確なデュ・ラ・ハーンの姿を知る事は出来ないものかな?」
またも、紗斗里に足りないもの、『アイディア』が提供された。紗斗里の判断は、即、実行に移される。
「良いアイディアですね。……しかし、どうかな?今のところ、収穫は無いが……」
「デュ・ラ・ハーンの正体が分かったら、時限機能を取り除いて、本格的に立派なウチの目玉商品になるな」
ハッハッハと疾風は笑い飛ばすが、そう遠くない将来、それは紗斗里の手によって部分的にとはいえ実現されることになる。
その時、楓がどうなっているのかは、今は語らない。
「時限機能が、ここにあるのは分かっている。
だが、肝心の爆弾で言う信管に当たる命令が見つからない。
メモリーワイヤー内はくまなく検索した筈だが……」
紗斗里が独り言つ。それを聞いて、睦月が言う。
「プラグ部は検索したの?プラグシステムには、プラグ部に言語変換機能と多少の記憶容量がある筈よ。
通常のコンピューターでは検索不可能な領域だけど、楓と繋がっている今なら、検索可能な筈よ?」
「それだぁ!」
指を鳴らす紗斗里。そこからは、あっという間だった。
「見つけたぁ!敵将デュ・ラ・ハーン、打ち取ったりぃ~!」
妙にハイテンションになった紗斗里を、疾風が諭す。
「おいおい、未だデュ・ラ・ハーンを駆除した訳じゃないんだろう?
見つけたから、どうにかなると限った話では無いだろう?
結果として、どうにもならないと分かるだけかも知れないんだぜ?」
「いや、必ずどうにかなる。
楓の記憶にあるんだ。一年後の『戦い』がどうのこうのという情報が。
デュ・ラ・ハーンを乗り越えるには、恐らく二つの手段がある。
その『戦い』を乗り越えるか、それとも、デュ・ラ・ハーンそのものを乗り越えるプログラムを作るか。
これも、デュ・ラ・ハーンが楓に言ったことなんだが、デュ・ラ・ハーンの製作者は、楓のような天才的な能力者の出現を予知していた。
恐らく彼は――いや、彼女かも知れないが――、デュ・ラ・ハーンを使うか、それを超えるソフトを作って、予知能力を得ていたに違いない。
多分、前者でしょうね。そうでなければ、デュ・ラ・ハーンを作った意味が無い。
その理由は、前にも話した内容に触れるものですが。
その人は、デュ・ラ・ハーンの製作を強制したセレスティアル・ヴィジタントが、将来的に世界一の犯罪集団と化す可能性を危惧していた。
そこから、それを少しでも抑える為に、デュ・ラ・ハーンの感染者に対する一年という寿命を設けた。
そうすることで、セレスティアル・ヴィジタントのメンバーの数を、少しでも減らそうとしたんでしょうね。
その人は、恐らく感染・時限機能の無いデュ・ラ・ハーンを完成させ、自分自身だけ使っていたのでしょうね。
でも、アンチサイによって封じられ、逃げる事すら許されなかった。もしくは、それを使う能力があまりにも低かった。
でなければ、拷問をされるまで生き残っていた理由に説明がつきません。或いは、時限機能の無いデュ・ラ・ハーンなど存在せず、その人がデュ・ラ・ハーンに感染していなかったか。
結果的には、デュ・ラ・ハーンに時限機能を付けることで、彼は拷問にかけられたようです。
が、セレスティアル・ヴィジタントは、現在の有り様を見れば分かる通り、さほど有名な犯罪集団とは化していません。
それが、デュ・ラ・ハーンの製作者である、その人の功績です。
まあ、デュ・ラ・ハーンを作らなければ良かったという話もありますが、それは皆さんも理解出来ると思いますが、科学者の性というものでしょう。
制作意欲には勝てなかったのでしょうね。
その人の功績は、実はそれだけではありません。
デュ・ラ・ハーンに感染すると分かるのですが、感染直後、寿命が一年であることを知らせるメッセージが脳裏に写し出されるのですが、セレスティアル・ヴィジタントの初期メンバーは本気にはしなかったのでしょう。
本当に1年で死人が出るまで、セレスティアル・ヴィジタントのメンバーは、デュ・ラ・ハーンの製作者を放置していたようです。
そしてその間に、その人はデュ・ラ・ハーンを作る為のデータを消し去り、それの製作媒体であるこのパーカーを、他人の手に委ねています。
彼が予知したように、セレスティアル・ヴィジタントに対抗し得るであろう、当時は無かったクルセイダーという日本のキラーへと、そして誰より楓の手へと渡るようなルートへと。
そして、彼の願いはその一部が叶う事になりました。
セレスティアル・ヴィジタント以外のキラーが生まれて、セレスティアル・ヴィジタントと対立し、更にそのキラー――つまり、クルセイダーのことなのですが、そこへとパーカーは流れ着き、クルセイダーから、デュ・ラ・ハーンを操る天才・楓へと渡り、そしてその時には十分に超能力の研究が進んでいる……。
しかも、デュ・ラ・ハーンの製作者が望んだ通り、パーカーを手にした者が、セレスティアル・ヴィジタントではない楓。
しかし、楓とデュ・ラ・ハーンの戦いの結果までは予知していない……いえ、敢えて、その余地をデュ・ラ・ハーンの中にも残さず、誰にも伝えなかったのかも知れませんが……。
勿論それは、楓に命懸けの訓練を積ませる為に。
その人は、恐らくセレスティアル・ヴィジタントに楓が直接対抗することを願っていたのかも知れませんが、僕は、そうするのは愚策だと思います。
何しろ、多勢に無勢。
それに、クルセイダーですら研究が進められているグングニルの存在……と言っても理解しては貰えないと思いますが、グングニルとは、個人の持つレベルの超能力では、決して防ぐことの出来ない攻撃用超能力です。
それがある為、楓一人がセレスティアル・ヴィジタントと対抗するのは愚策だと、僕は思います」
ここで紗斗里は言葉を一区切りして、息を思いっきり吸い込んだ。
「「ならば、どうすればいい?」」