第7話 チンピラ二人
緋三虎が、人から距離を置かれるようになった。
パフェと、ウィリアムを除いて。
「あの二人にも、口止めさせておくべきでしたね」
「無駄よぉー、あの手の連中は」
893の娘。
そういう噂が流れ始めた。
「もっと致命的な噂が、出回らねければ良いけどね~」
「……そうなったら、白井さんにも距離を置かれるのでしょうか?」
そう言う緋三虎は、少し寂しそう。
「何よ。アイツが親しくしてくるの、アンタは嬉しいの?」
「……多少」
パフェは机に突っ伏した。
「あーあ。外見じゃ、負けない自信があるのに」
「そうね。李花は傾国の美女ですもの」
「……何だっけ、ソレ?」
「余りの美しさに、一国を傾かせかねないほどの美しい女性のこと。
でも、色々と台無しですものねー。
私も、李花の美貌は羨ましい。
しかも、それだけじゃ済まないもの」
でも。
性格は緋三虎に圧倒的な軍配が上がる。美貌も、パフェ程では無いにしろ、備えている。
それが羨ましいと思いながら、パフェは小銭入れを取り出し、一円玉を探して口に放り込む。
「それ」
くっちゃくっちゃと一円玉をガムのように噛むパフェ。それを窘める、緋三虎の人差し指。
「仕方ないじゃない。血への衝動を防ぐ為のものなんだもの」
「でも、もうちょっと上品に噛めば……」
「この噛み方が美味しいの!」
「……美味しいの?」
「うん」
以前、同じような話の展開から、試して噛んでみたことがあるのを緋三虎は思い出す。
決して、美味しくなど無かった。
「人の噂も七十五日。それで済まなかった場合には、奴らに制裁が必要ね」
「パフェ。噂の信憑性を高めてどうするの!」
「嫌がらせが始まる前に、手を打つべきよ!」
緋三虎は、読みかけの本を差し出した。
「……オヤジの本じゃない」
作者は、結城 狼牙。最新作だ。本人の体験を記した日記を元に書き上げたと、その娘であるパフェは聞いている。
指で示された部分を、パフェは声に出して読んだ。
「『あらゆるイジメへの最良の対策は、完全なる無視である。もっとも、相手を圧倒する力を以って、為し得る荒業であるが』」
「私の力では、不十分?」
「……十分なんじゃない?」
そりゃそうだ。緋三虎も普通の人間ではない。893、という意味では無い。
もっと、人間とかけ離れている。……単なるウィルスのせいと、彼女らは聞いているが。
「「姫ぇ!」」
乱暴に扉が開け放たれ、先日の二人組が姿を見せた。
「姫、頼みがあります!」
「そちらのお嬢様にも!」
パフェに近付き、いきなり土下座。
「どうか、我々にご指導を!」
「このままじゃ、俺らはただのチンピラに!
世界の天辺まで昇り詰めれば、真っ当な人間として評価されるんです!」
「ちょ、ちょっ……!何を一体、言いたいの?」
「落ち着いて話して下さいな」
返答の代わりに、まず二人は、揃って黒帯を突き付けた。
「……柔道で、金メダルでも取ろうっての?
そんなの、アタシらの力じゃ無理よ」
「ただの格闘家でも!それなりの力を示せば、それなりの環境が整ったジムに紹介してくれると。
そう、虎白さんも約束してくれたんス!」
「アタシはパス。大会も近いし。
緋三虎、アンタはどうする?……断るよね、普通は」
「そうね。李花が手伝ってくれないなら、一人じゃちょっと……」
二人の首が、パフェへと向いた。
「お断りよ。帰んなさい」
「「しかし……」」
つーっと、人差し指を滑らせるような動きで教室の出口を指すと、二人は黙った。
「帰んなさいと言ったの。アンタらには、聞こえなかったの?」
「……」
「失礼しました!」
一人が、もう一人の首根っこを掴んで引っ張って行った。それでも、まだ諦められぬらしく、「放課後、待ってるッス~」と言い残し。
「李花」
「分かってるって。
世の中から、チンピラを二人、更生させる為。多少は手伝ってあげようじゃないの」
期待通りの返事に、緋三虎も笑顔を浮かべた。
「但し。荒療治を、覚悟してもらわなくっちゃね」