ダークキャット

第10話 ダークキャット

「止めて!」

 ようやく、サイコワイヤーが捕まった場所を突き止めた。
 
 街の中心からは、少し外れている。
 
「お客さん。ココ、しばらく前に潰れた筈だよ。

 今時、幾ら安くても透視し放題のラブホテルなんて、生き残れる筈が無いんだよ。
 
 物好きだねぇ、お客さんも。
 
 言ってくれれば、こんな所まで来なくても、途中に良いホテルはいっぱいあったのに」
 
 勘違いをされている事に気付いた二人は、顔を見合わせ、お互いに顔を赤らめる。
 
 他の場所へ連れて行こうとする運転手を止めて、二人は車から降りた。
 
 そして、普通の人には分からない、不気味なホテルへと近付く。
 
「これ、全部キャットかしら?」

「試してみましょうか?」

「無茶言わないでよ。どれだけあると思っているの?」

 ホテルからは、無数のサイコワイヤーが伸びていた。そのうちの二本に、疾刀のサイコワイヤーは捕らえられている。
 
 小さなホテルが、まるで大きな毛玉の様だった。
 
 範囲も数も、疾刀に匹敵するものがある。
 
 何より疾刀にとって不気味に思えたのは、それが『カザマステップ』の動きをしているように見える事だった。
 
 二人で、恐る恐ると中へ入って行く。内部は派手に荒らされた形跡があり、扉や壁まで壊されていた。
 
 荒らされたと云うよりも、破壊されたと云った方がより近い。
 
「アイツラにドラゴンを渡したのは失敗だったかも知れないわね。

 これじゃあ、ならず者と変わり無いじゃないの!」
 
 サイコワイヤーが一直線に引っ張られているのなら辿る事が出来たのだが、そう都合良くはいかなかったので奥へと進み、一つ一つ部屋を見て回る。
 
 外の壁に穴が開いていなかったのが不思議なくらいの壊され様だ。
 
 裏へと回っていれば、そこに穿うがたれた穴から、ひょっとすると二人を見付けられたのかも知れない。
 
 一階に人はいなかった。
 
 二階へ続く階段には壊された形跡が無く、そこに多数の足跡が見つかり、途中で何やらガサゴソと物音が聞こえてくると、彼女は階段を駆け上がった。
 
「アンタたち、何やってるのよ!」

「うわあっ、姉御ぉ!」

 彼女が駆け込んだ部屋では、数人の男たちがコンビニ弁当を食べていた。
 
 突然怒鳴り込んで来た彼女を見て、まだほとんど手を付けていない弁当をひっくり返した者もいる。
 
「その呼び方は止めなさいと、何度言ったら分かるの?

 恭次は何処?さっさと言いなさい!」
 
「いっ、一番奥です」

 場所だけ確認すると、そちらへ向かって大股で歩き出す。
 
 サイコワイヤーの出所も、そちらの方だ。
 
「恭次っ!」

 扉の残されていない部屋の入口に立ち、彼女は怒鳴る。
 
 疾刀も追い付き中を覗くと、そこでは恭次と楓の二人が床に座り、黙々とコンビニ弁当を書きこんでいた。
 
 サイコワイヤーの出所は楓のすぐ近くであり、もしもサイコワイヤーが半透明ではなく、視界を遮るような性質のものであったなら、部屋の中はまともに見る事の出来ないような状況になっていた。
 
 更に云うのなら、サイコワイヤーと同じ様な性質の球状の膜が、楓を覆っている。
 
「隼那か。よくここを突き止められたな。

 そっちに居るのは、さっき会ったオッサンじゃねぇか。
 
 弁当が余ってるから、こっちに来て一緒に食わねぇか?」
 
 隼那と呼ばれた彼女は、つかつかと恭次に歩み寄り、差し出されていた弁当入りのビニール袋を弾き飛ばした。
 
 刹那、二人が睨み合い、一触即発の状態のように思われた。が、次の瞬間。
 
「恭次ぃ~、どうして突然、何も言わずにいなくなっちゃうのよぉ~」

 隼那が猫撫で声で恭次に甘え、抱き付く。
 
 恭次が露骨に嫌な顔をして突き放そうとするが、食べかけの弁当で片手が塞がっていたため、必死でしがみつく彼女を引き離す事は出来なかった。
 
「くっ付くなよ、鬱陶うっとうしい。

 食い物を粗末そまつにしやがって。
 
 コラ、いい加減にしろよ!俺は喰っている最中だ!」
 
「鬱陶しいって云うから、伸ばしてた髪も切って、恭次と同じ色に染めたのに。

 そこまでしたのに、アタシの何が気に入らないのよぉ~」
 
「四六時中、所構わずそうしてベタベタとくっ付いて来るところだ!」

 そんな二人の様子を眺めている事には、まず楓が飽き、また黙々と弁当を掻き込む。
 
「そうだ、楓ちゃん」

 疾刀が近付いたので、楓は床に置いてあった装置のスイッチを僅かな間だけ切った。
 
 万年筆より、二回りほど大きい程度のサイズの装置だ。
 
 スイッチを切っていた間だけ消えていた膜が、今度は疾風をも包み込むほどの大きさとなって現れる。
 
 楓の座る脇には、それの他に2センチ立方ほどの大きさの立方体のキューブも置かれていた。
 
 サイコワイヤーの出所もそこで、ダークキャットのように見えるが、それにしては性能が高過ぎる。
 
「それ、どうしたの?」

 棒状の装置にも、疾刀は見覚えがある。ただ、それは期待された効果を発揮せぬまま、開発が打ち切りになった装置の筈だ。
 
 楓は食べるのを一時止め、しばらく黙って口の中の物を咀嚼する。
 
「壊れていたみたいだったから、勝手に持ち出して修理したの。ゴメンナサイ」

「謝る程の事では無いよ。

 ちょっと、見せてくれる?」
 
 立方体の方には『CA-C』、棒状の方には『LI-5』と型番が打たれている。
 
「一つ前のダークキャットと、最新型のダークライオンだ。

 けど、どちらもこんな動きをする筈が無いのに」
 
 ダークライオンは、超能力だけでなく、物理的にも効果のある壁を発生させるライオンタイプの装置の筈だ。
 
 しかし、完成を待たずに疾刀の両親がいなくなった為、開発が打ち切りになった製品の筈だった。
 
 他社ではそのタイプの装置が商品化されているが、物理的には小さな口径の銃弾を防ぐ程度の効果と、上半身を覆う程度の有効範囲しか、いずれも持ち合わせてはいない筈だった。
 
「僕が直して、改造したの。

 そういうの、得意だから」
 
「得意だからって程度で、そんな物は作れやしないぜ!」

 二人の会話を聞いていたのか、恭次が怒鳴り散らした。
 
「そもそも、ダークキャットってのは元から強力なんだからな。

 日本だけだぜ、アレの評価がこんなに低いのは。
 
 アレが、他の国でどんな扱いを受けているのか、知っているか?」
 
「日本でも、十分に高い評価は得られていますよ」

 ダークキャットは、最近になって警察の標準装備にも導入され、他国への輸出も始まったところだ。
 
 名実共に会社の看板商品として恥ずかしくないだけの実績を、しっかり収めている。
 
「今もそこで起きているように、ほとんどのアンチサイやジャミングシステムが通じない上に、サイコワイヤーを使う能力は、ほぼ完璧に封じちまう。

 そいつの設定にちょっと手を加えて、更に自分でサイコプラグを付けていたらどうなる?
 
 完全犯罪なんざ、朝飯前だぜ。
 
 大きな事件は少ないから、日本じゃ分からねぇけど、他の国じゃ、そいつのせいで、正体不明の怪事件が多発しているんだ。
 
 何しろ、ダークキャットに対抗する手段が無ぇんだからな」
 
「けど、ジャミングシステムを使っていれば、使おうとした超能力の方を封じられるのではありませんか?」