ステイブ中将

第12話 ステイブ中将

 カチャン、カチャン。
 
 ラフィアが、不機嫌そうな顔をして、魚の切り身にフォークを刺している。
 
 余程気に入らなかったのか、未だ口を付けた様子は無い。
 
 機嫌を直せと、レズィンはもう云わない。既に何度も云っているが、追加注文した品が届くまでは機嫌は直りそうにないと、諦めたのだろう。
 
「料理と云うのは、良いものだな」

 シヴァンは随分と気に入ったらしく、いつもは無愛想な顔に笑みが見られる。
 
 それほど広い店では無いが、洒落た雰囲気の、良い店だ。
 
 こんな機会でも無ければ、レズィンには一生縁が無かったであろうと云うような、高級な店だ。
 
 外は既に暗く、夕食時にもやや遅すぎる時間とあって、店の中に他に客は見られない。
 
 傭兵が酒盛りをするには、ちょっと料金が高いせいもある。
 
「たまにはこんな食事も良いものだなぁ」

 疲れていたレズィンも、久々の豪勢な食事を満喫していた。
 
 二人がその皿を食べ終える頃になって、ラフィアの料理も運ばれてきた。
 
「おっさかっなさん、おっさかっなさん♪」

 シヴァンもそうだが、ラフィアもちゃんと食べる時には、レズィンの予想に反してナイフとフォークの扱いは上手であった。
 
 ただ、先程の不満がある時と、今回のこの料理は遊びながら食べているような雰囲気が見て取れ、色々と台無しである。
 
 恐らく、扱いは上手でも、テーブルマナーの心得は無いのだろうとレズィンは予想した。
 
 次の皿が運ばれて来る頃、遅い時間だと云うのに、一人の客が店へ入って来た。
 
 二階にもテーブルがあるのか、階段を上がって行く。
 
 階段には『予約済み』の立て札がしてあったことを、レズィンは思い出した。その時は気にも留めなかったものの、二人、三人と入って来る客が次々に二階に上がって行く中に、良く見知った男を見付ける事になった。
 
「リット……?」

 それほど大きな声では無かった為か、向こうの方では気付かなかったらしい。
 
 彼は、レズィンの数少ない古くからの傭兵仲間、リット・リヴァーのようだった。
 
 見知った顔を見付けた為、注意して見ていると、上がって行く者の中には見たことのある顔が混じっている事があった。
 
 その多くが、調査隊に組み込まれた者だ。
 
 そしてもう一人、昼間に金塊を引き取ってもらった店主までもが、店の二階へと上がって行く。
 
 店主は唯一の客が気になったのか、三人の方を見て行った為、レズィンに気付いたかも知れなかった。
 
「同じ集団……まさかな。

 リットの奴、何故こんなところに?」
 
 調査を終えた時に支払われた賃金は十分に高額であったが、レズィンならその程度の収入では、男同士でこれほど高い店に食べに来るつもりにはなれなかった。
 
 調査隊のメンバーが多かったが、仕事を終えての打ち上げでは無いだろう。
 
 何となく気にかかるようになってきたそのことが、明らかな不審感に変わったのは、その直後の事だった。
 
 軍服の、それも明らかに身分の高い男が、二階へと上がって行く。
 
 見たことのある顔だ。だが詳しくは思い出せない。
 
「あの三人が揃っているので無ければ、それほど気にかけないんだがな……」

 リットがいなければ、特に関わる気もせず、金塊を引き取ってくれた店主がいなければ、それなりに不審感の無い一個の集団として見る事が出来る。
 
 トドメが、軍服のお偉いさん。軍絡みとなれば、只事では無い。
 
 別々の集団であれば、問題が無いのだが……。
 
「……何か、……嫌な予感がするな」

 その予感は、不幸にも的中する。
 
 レズィンがデザートを食べ終え、ラフィアがぐちゃぐちゃに潰したゼリーを食べ始めようとした時、二階から二人の男が降りて来て、レズィン達三人に近付いて来た。
 
 一方は例の身分の高そうな男、もう一人はその男が店に入って来る際に連れ添っていた男だ。
 
 見れば、階段の上の方には、例の店主も姿を見せていた。
 
 二人は揃ってレズィンの傍に立ち、身分の高い――襟章えりしょうによれば、中将で、もう一方は大佐だ――中将の方が話し掛けて来た。
 
「食事中に失礼だが、君が昨日、金塊を持って現れ、今日の昼に破格の安値で売り捌いたという話を聞いたのだが……確かかね?」

「ああ、確かにそれは俺の――おっと、失礼。私の事ですが……。

 何か、御用ですか?」
 
 店主がいることが分かっている以上、偽る気にもなれず、レズィンは正直に答える。
 
「私は帝国軍中将のステイブ・ライザー。

 こちらはセシュール・マニッシュ大佐だ。
 
 そちらは――」
 
「レズィン・ガナット。

 連れのラフィア・ハスティーに、その妹のシヴァン……――」
 
「レズィン・ガナット!」

 驚いたように、ステイブ中将が叫んだ。
 
「レズィン……ガナット君。『シューティング・スター』だったな!

 君が……そうだ、思い出したぞ!
 
 命令違反を繰り返す、手に負えない男と申告のあった……そうか、君か!」
 
 両肩に掴み掛って、興奮気味にまくし立てられ、レズィンはやや気分を損ねる。
 
 手を払い除けて相手を制するように片手を構えた。
 
「こんな遅くに、店の中でそんな大声を出すと、店や他のお客さんに迷惑だ。

 ――っと、他に客はいなかったか」
 
 突き立てるように指を差し、かつては上官だったであろう男にそう云う。
 
 レズィンも失礼であったが、相手も自分が失礼であったことを自覚したのだろう。素直に頭を下げて、謝罪してきた。
 
「ああ、済まない。あまりの奇遇に驚いてしまった。

 君を、明日にでも探そうと思っていたのだが、君が金塊を売った店の主が、君がココで食事をしているのを見掛けたと言うのでね。急いで駆け付けさせてもらった。
 
 私たちは君と話したい事があるのだが、もしよろしければ、今から二階に来て貰えないかね?」
 
「……連れがいますので」

 本当の理由は、関わり合いたく無い為であった。
 
 気が向いたら、リットに話を聞けば良い。
 
 不審感も、拭えていないどころか、金塊について話し掛けて来たという事で、むしろ増したぐらいだ。
 
 何よりも、レズィンの勘が、関わるなと云っている。ところが。
 
「面白そうなのに、行かないのか?」

 シヴァンが余計なところで口を挟んで来た。
 
 危うくレズィンは「馬鹿野郎!」と叫びそうになるが、一瞬睨みつけるに止めておいた。
 
「お嬢さん方も、来るかね?

 我々の料理がまだ手付かずだ。良かったら召しあがると良い」
 
 中将も中将で余計な事を言う。ラフィアも興味あり気に顔をそちらへ向ける。
 
「大した事は話せない」

「それでも構わない」

 言葉にしてからその返事が返って来るでろうことに気付く。
 
 困り果てて姉妹の様子を窺い、仕方なしにラフィアに問い掛ける。
 
「まだ食うか?」

 コクコク。
 
 残念ながら、その首は横には振られなかった。
 
「なら、行きますか」

 渋々そう云って、重い腰を上げる。ラフィアも途中であったデザートを諦め、無造作にスプーンをテーブルの上に放り、席を立つ。
 
 その動作で彼女がテーブルマナーを心得ていない事を見て取ったのか、中将がそちらに顔を向けてぐちゃぐちゃになったゼリーに目が留まり、……決して良い顔はしなかった。
 
「『シューティング・スター』か」

 席を立ってすぐ、シヴァンの声が聞こえてレズィンは振り向く。
 
「良い呼び名だな」

「お前にも俺が付けてやろうか?」

「……?」

「『ドラゴン・キラー』だ」

 わざと冗談めいた口調でそう云う。
 
「竜を殺した事は無いぞ?」

 シヴァンが真面目にそう言い返してきたので、レズィンは軽く笑い飛ばした。