第46話 シヴァンV.S.ゼノ
「何をもたもたしておる!
さっさと撃たんか!」
背後からレズィンを嗾ける声が掛けられる。
振り向かずとも、声の主は分かっている。祖父であるランクルードだ。
「奴は世界樹に巣食った、異星の寄生虫だ!
奴を止めんことには、世界樹を止める事は出来ん!」
寄生虫という言葉に妖精は反応し、怒りを顕わにする。
その表情は、怒っていると云うよりも、膨れていると言った方が正確だろうか。
「空も飛べない下等生物だったクセに、人を虫呼ばわりとは失礼な人!
あなたなんかに、世界樹は渡さない!」
「儂は元々世界樹じゃ!
この星の人間の精神構造を参考にして作り直しただけじゃあ!」
「必要以上に干渉出来ないクセに、偉そうな事を言わないでよ!」
「何をを!この――」
双方がしばらくの間、口汚く罵り合う。
怯むことなく罵声を返すランクルードに対して、妖精は次第に涙目になってくる。
途中までは懸命に罵り返していたが、それもやがて途絶え、しゃくり上げて泣き出した。
「何よ……初めは優しかったクセに!
どうして……どうして仲良くしてくれないのよ。せっかく、姿まで似せたのに……!
そもそも、どうして私の仲間だけは作れないのよ!
私に優しくしてくれないなら、皆要らない!皆死んじゃえば良いのよ!」
妖精がゼノの頭に飛び込んだように見えた。
頭の後ろに隠れた訳では無い。頭の中に入り込んだような感じだ。
ゼノが突然、正気を取り戻したように、しっかりと正面を向く。
直後にその右手が動いたのと、レズィンがその手を撃ち抜いたのとは、ほぼ同時に思われた。
ランクルードの身体が四散する。
間に合わなかったのだろうか?……いや、それどころか、ゼノの銃はその手から離れてすらいない。
『やはり無駄じゃったか。
気を付けろよ。お前たちは本当に死んでしまうからな。
後は頼んだぞ、シヴァン』
どこからともなく、ランクルードの声がする。
シヴァンは返事の代わりに小さく頷いて、剣を構えて突っ込んだ。
普通の銃弾が効かないのはシヴァンも同じだ。
レズィンにはシヴァンが有利だと思えた。
突撃するシヴァンに向かって、ゼノは何度も銃を撃つ。
シヴァンはそれを剣の腹で受けると、傍まで近付いて一歩横に動き、銃を握る右手に向けて剣を振り下ろす。
唸るように迫る大剣を、ゼノは一歩退いて避けようとした。
だがそれに対してシヴァンは更に一歩踏み込み、剣を思いっきり掬い上げる。
剣は腕を付け根から切り離し、血で赤い弧を描く。
ゼノは左手で虚空から剣を取り出した。ラフィアが皇帝に、そしてシヴァンにも斬り付けた、あの細身の剣だ。
二人の剣が打ち合わせられた。力では両手のシヴァンに大きく分があるだろう。
そう思われたが、二人は互角の力比べをしている。
だがそれでも、やがてシヴァンは大きく後ろに飛び退いて、それを躱した。
再びシヴァンは突撃する。
今度は剣を突き刺すように構えて。
最後の一歩は大きく飛び込む。
対するゼノは剣を大きく溜めて、正面から迎え撃つ。
ギィンッ!
大きな金属音が鳴り響く。
振り下ろされた剣は、向かってきた剣とぶつかり、そして遥かに太い相手の剣を打ち砕いていた。
呆然とした面持ちのシヴァンが、そのままの勢いでゼノを通り過ぎ、何歩かたたらを踏んでから振り返る。
僅かな間、刀身を失った剣を見つめていたが、やがてそれを投げ捨てる。
ゼノの方も、自分の手にした剣を眺めて顔を顰めていた。
次に仕掛けたのはゼノからだ。
剣を上段に構えて突き進み、渾身の力を込めて振り下ろす。
シヴァンはそれを白刃取りで受け止めていた。
受け止めて強く捻ると、刀身はあっさりと折れてしまう。
シヴァンの剣を折った際に、罅でも入っていたのだろうか。
ゼノもやはり、遺された柄は投げ捨てる。
間近でそんなことをしている隙に、シヴァンは腹に掌底を叩き込む。
ゼノは大きく吹き飛ばされるものの、倒れ込んだりはしなかった。
代わりに何度か咳き込んで、ペッと血の混じった唾を吐き捨てた。
ゴリッ。
ゼノの後頭部に、えぐるような硬く冷たい感触。
「茶番は、終わりにしようぜ」