シヴァン・ハスティー

第3話 シヴァン・ハスティー

「……まだガキじゃねぇか」

 背こそ、ヘタをすればレズィンよりも高いものの、線の細さは、未だ幼さを残す体つきを見て、レズィンは呟く。
 
 彼女自身の身長にも負けないぐらい巨大な剣を振り回せるほどの力があるとは、その体つきからは到底思えない。
 
 ただ、線は細くても、それは脂肪がついていないというだけで、それなりには筋肉質。
 
 それでも彼女の振るう剣は大き過ぎる。
 
 比重の軽い金属が使われた剣なのだろうか?
 
「静かにしていろ。奴を刺激する事になりかねん。

 ただでさえ、この竜王の剣を見て気が立っているんだ。
 
 普段は鈍い癖に、攻撃する時だけは機敏な奴らだ。
 
 油断していると……死ぬぞ」
 
 少女は、両手を左右に広げてバランスを取り、剣の上に立ったまま、竜と睨み合う。
 
「お嬢ちゃんこそ、強がりは止しな。

 奴には銃も通用しねぇ。人間の勝てる相手じゃ無いんだよ!」
 
「来るぞ!」

 キシャァァァァァァァァァッ!
 
 叫び声を上げ、竜が二人に襲い掛かろうと立ち上がる。否、飛び上がる。
 
 竜と同時に飛び上がった少女。彼女の居た空間を、竜の爪が切り裂いた。
 
「くっそおっ!この俺様が、こんな所で、死んで、たまるかぁぁぁぁ!」

 ピシピシと、銃弾が竜の鱗を叩く。
 
 竜がレズィンを一瞬睨み、それにレズィンがひるんで銃弾が止む。
 
 すぐに竜はレズィンから目を離し、周囲を見回して、もう一人を探し始める。
 
 直後に、少女が竜の頭上に落ちて来て、彼女はただ、折り曲げていた右足を下にある竜の頭目掛けて突き出した。
 
 ズドォンッ!
 
 物凄い音を立てて、竜の頭が地面に叩き付けられた。
 
 少女はその上に降り立つ。
 
 竜はもう、ピクリとも動かず、完全に気絶していた。
 
 ひょっとしたら、死んでしまったかも知れない。
 
 そう思わせる程の音と勢いだった。
 
 その光景に驚いたレズィンは、いつの間にか地面に尻餅をついて座り込んでいる事に気が付き、立ち上がった。
 
 漏らさなかっただけでも、彼の度胸は賞賛に値しよう。
 
 それでもしばらくは空いた口が塞がらず、呆然としていたが、少女が剣を抜いて立ち去ろうとしたところで気が付いて、少女に声を掛けた。
 
「ちょ、ちょっと待てよ。

 あ、アンタ、何者だ?
 
 こんな化け物を一撃で倒すなんて、人間業じゃないぜ」
 
 鬱陶うっとうしそうに振り返る少女。
 
 レズィンは少女が何か言い出すのを期待していたが、一向にその様子は無い。
 
 そして、レズィンは彼女の視線が拳銃に注がれているのに気が付いて、慌てて懐のガンホルダーにしまい込む。
 
「……何か用か?」

 低い声だ。が、辛うじて女性らしさを欠いていない。
 
「あ、ああ。取り敢えず助けて貰った礼を言いたい。

 俺は、レズィン・ガナット。テイジアって国のルノックっていう街から来た。
 
 ココへは、まぁ、この森の生態調査みたいなものをするために来た。
 
 助けて貰ってありがとよ。
 
 取り敢えず、君の名前だけでも教えて貰えないか?」
 
「シヴァン・ハスティーだ」

 少女は簡潔にそれだけを言い、すぐに再び立ち去ろうとする。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!それだけってのはねぇだろ!

 せめて何か、……そうだな、ここにいた理由とか、色々と自己紹介みたいなものをしてくれねぇか?」
 
「別に、ココに居たことに理由は無い。この森に住んでいるだけだ。

 さっさとこの場を離れなければ、そこの竜が目を覚ますぞ。
 
 死にたくなかったら、さっさと街まで引き返すんだな」
 
 レズィンはチラッと竜の様子を窺う。……未だ目を覚ますような様子は見られない。
 
「じゃあ、移動しながらで良い。

 なあ、何で俺の様子を見てたんだ?騒がしいから、わざわざ様子を見に来たんじゃないのか?
 
 何にも興味が無いんだったら、わざわざそんなことはしないよな?」
 
 そう言われて、シヴァンは上を向いてここまで来た理由を思い返した。
 
「――そういえば、期待していたほど、面白いものは見られなかったな。わざわざ来るんじゃなかった。

 俺たちの他にも竜と戦える人間がいるのかと思えば、オモチャで遊んで逃げ回っているだけ。
 
 良くそれで、ここまで生きて辿り着くことが出来たものだ。
 
 ――そういえばそのオモチャ、大昔に我が家で無くなったと聞いているオモチャに良く似ている。
 
 お前、それをどこで手に入れた?」
 
「オモチャじゃねぇ。

 コイツは無限弾。俺の唯一にして必殺の武器だ。――と言いたいが、ドラゴンには通用しなかった。
 
 必殺、と云うのは言い過ぎだな。
 
 打ち出すのは空気だが、一回りは大きな口径の銃に匹敵する破壊力を持っているってぇ代物だ。
 
 しかも弾切れを起こさねぇ。
 
 原理さえ解明出来れば、ひと財産は稼げるって話だ。
 
 こいつは確か、俺の祖父さんが若い頃にどっかの森の奥で拾ってきたってぇ話だが、ここの森かどうかは分からねぇ。
 
 もしこれがアンタの家の物だとしても、そう簡単には渡さんよ」
 
「取り返すつもりはない。

 それは子供のオモチャにしては威力が強過ぎる不良品だから、行方が分からなくなって不安に思っていたらしい。
 
 子供の頃に、見つけても怪我をしないように、触ってはいけないと良く云われていた。
 
 まぁ、武器として使うのならば問題無いと思うが――済まないが、家まで来て貰えないか?
 
 姉に相談しておきたい」
 
「そいつは助かる。ついでに一晩、泊めてくれると尚有難いな。

 ここ一ヵ月の野宿は覚悟の上だったんだが、竜と会ってからここ2・3日の間、ロクに眠れなかったんだ。
 
 ――で、家は遠いのか?」
 
「……時間はさほど掛からない。ココに来る途中で、特に親しい奴に会ったからな」

 ちょっと考えてから、シヴァンはそう答えた。
 
 バサァッ。
 
 二人の頭上で、大きな鳥のようなものが羽ばたく気配がした。