シルエットの女性

第28話 シルエットの女性

 ローズの卒業が迫る。

 それと同時に、来年度の入学者が決まりつつある。

 デッドリッグは、バルテマーにもお願いして、『皇子二人』と云う権限を使って、来年度の入学者の写真を眺めた。

 そう、動画の撮影は出来ないが、ローズ達の尽力じんりょくのお陰で、静止画は撮影出来るようになったのだ。

 一人、ダグナ・バロネット=シュルツは入園が確定である事は間違いない事を、まず確認。

 そして、手分けをして探す内、デッドリッグが一人の女子学園生候補生を目に止めた人物が居た。

「兄上、この女性、怪しくないですか?」

「──ん?

 ……ああ。確かに、コレをシルエットにしたら、あのになるな」

 名前を、イデリーナ=ホフマン。──『聖女』候補生として、入園を許された平民だった。

「悪いが、彼女はお前にも渡せないぞ?」

「いえいえ、出来ればダグナも一緒にめとって頂きたいものです」

「……俺の美談を壊してまで、か?」

 バルテマーは、独特のオーラを発していた。王者のオーラとでも言うべきだろうか?

 帝王教育を施されたら、ココまで違うかよと、デッドリッグは少しうらやんだ。

「本人の意思を確認してからになりますが、では、ダグラは俺が引き受ける、と云う予定に基づいて動いて宜しいですか?」

「ああ。本人の意思に反してでも、ダグナはお前が救え。

 確か、優先的に、サディストに惨殺ざんさつされる最期を迎える筈のキャラクターだ。流石に放置は頂けない」

 デッドリッグは、『良し、言質は取ったぞ』と思いながら、こんな事を言う。

「もしも、俺が強く拒絶され、兄上が強く求められたら、側室もむ無しと思って頂けると云う認識でよろしいでしょうか?」

「ああ、構わん。

 人気No.1のお前が拒まれる可能性など、無かろう」

「言質を頂いたと思って、よろしいですか?」

くどい。

 そう易々と約定やくじょうたがえる事など、わざわざせんわ。

 お前の方こそ、救い損ねるなんて事態は決して起こすなよ?

 全員を救うのならば、公開処刑もあの半可臭い方法で出来るよう、父皇帝ふこうていにも進言してやるわ!」

「別に俺は、ソレを求めていないのですけどねぇ……」

「フンッ!欲望丸出しでローズを求めた時に、強烈に拒まれたから、ローズへの仕返しとしても相応しいわ!」

 ココで、ようやく矛盾の切っ掛けがあらわになった。

「えっ?!ローズが兄上を求めるのを待てば勝手に餌食えじきになってくれるのに、兄上から、それも欲望丸出しで求めたのですか?」

「……ああ。恥ずかしながら、その一点の失敗を以て、ヒロイン候補達全員に情報が行き渡り、誰も相手になぞしてくれんのだったわ!」

 人間、誰でも失敗はある。焦りは禁物。辛抱しんぼうする樹に花は咲く。

「……もし。もしもですよ、兄上。イデリーナが兄上をこばんだら、どう致しますか?」

「権力を行使する。──もっとも、攻略できずに卒業を迎えた場合は、だな。

 問題は、『聖女』候補生か……。権力に屈しないとなると、マズい事になるな……」

 バルテマーも、下手は打てなかった。一度、失敗しているが故に。

「前世の記憶持ちであった場合……俺は、一旦、イデリーナを拒んでよろしいのですね?」

「そうして貰えると助かる」

 だが。だがである。根本的な問題の解決には、その手法ではいけないのだ。

「──兄上。美談を残したいのは判りますが、イデリーナを壊してしまわないよう、ダグラは兄上がお引き取りになって頂けませんでしょうか?」

「……そうか。そんな問題もあったか。

 良し、余裕があったら、ダグナも俺が引き受けてやろう。

 美談を残す為に、惨殺ざんさつ死者が出るのでは、それは最早、美談では無い。

 次期皇帝の筆頭候補として、側室を迎えるのは、最早義務と思おう。

 だからと云って、死ぬなよ、デッドリッグ。

 お膳立ぜんだては用意してやる。後は、覚悟を決めておけ。

 ──そう云えば、覚悟を決めるゲームやらと云う噂は聴くが、現物は俺も見たことが無かったな。

 とは言え、ローズに頼んでも手配はしてくれないであろうし。

 ──折角、『ギネス世界記録』の『最大の実数』と云うのを知っているのになぁ……。

 仕方があるまい。ローズが、俺達兄弟に競わせたくないゲームなのだろう。

 残念なことだ……」

「ああ、あの数ですか!」

 奇遇にも、兄弟共に、その『ギネス世界記録』の『最大の実数』を知っているのであった。

「道理で、『色に狂う』訳だ。

 あんな数、知らなければ良かった。

 『7』で同じ理屈で構成した数の方が大きい筈なのに、まるで、『何もかもを狂わせる』為にあるような数字だと言わざるを得ない!」

「デッドリッグ。俺は本来、毎日取っ代え引っ代え、ヒロイン達をもてあそんでいたが故に、『色狂い』と蔑称べっしょうを与えられた。

 ソレに対し、お前は『6日に1回』だったか、しかも、一人ずつ順番に。

 お前は、悪役ながら、十分に立場をわきまえている。

 お前が『色狂い』とされた理由は、『悪役』であるが故だ。

 俺は、お前の方が主人公らしいなと思っているのだぞ?」

「だからと云って、主人公の座を譲り渡す訳もありませんでしょう?

 ハハハ……と、バルテマーは嘆きにも似た笑みを浮かべた。

「真実と云うのは、中々に残酷なのだぞ?」

 笑みの後に、バルテマーはそう言って、書類の類を片付け、学園の執務室を去るのだった。

 最後に残した言葉が、妙に気になったデッドリッグであった。