第87話 サタンエンジン
隼那と恭一は、『コキュートス』の絶対適合者を探していた。
「笑い話で済ませる為には、道化師が必要だ」
恭一は道化師になる覚悟がありながらも、『コキュートス』の絶対適合者たり得なかった。
そして、探し出したのが、『氷上 涼一』と云う名の、『クルセイダー』北海道支部、旭川部署のメンバーだった。
「無茶を言いますね。この世に、再び氷河期を、ですか」
コチラの冬は既に十二分に寒いのですけどね、と彼は付け足す。
「降雪量が、恐らく減る。ソレだけでも、十分にやる価値はあるとは思わないか?」
「過剰に積もる今よりマシ、程度ですか」
「やってくれるか?」
「出来る保証も、未だ有りはしません」
サイコソフトの性能として、ソレが可能である程度には紗斗里も確かめているであろうが。
そもそも、サイコソフトに出来るのならば、紗斗里にもその能力は使える筈である。
「ニヴルヘイム、と云う技が使えそうではありますがね」
『コキュートス』を装備して、涼一は言う。
「しかし、世界ごと凍て付かせるようで、少々、使うのが躊躇われてしまいますがね」
「私としても、運用は慎重に行いたいのだけれどもね」
「……コレ、使用したら世界中から私が敵対視される、なんてことは……無いですよね?」
「多分、大丈夫だと……思いたいのだけれど……」
隼那としては、そんな事は無いと、思いたかった。
「コレ、ひょっとしたら、新しいビッグバンが起きる時の、熱量を下げてしまう可能性はありませんか?」
「――!そうか!それなら……だとしても……」
隼那は躊躇う。新しいビッグバンは、今の宇宙のビッグバンよりも大規模で無ければ、創造の余地が狭まる。
「ホントに、もっと、全く新しい概念が発生しないと、新しい宇宙が誕生しても、意味が無いのかも知れないわね」
その為に、努力して来た人達が居る。でも、ソレすらも前の宇宙からの繰り返しならば……。
「全くの新しい概念の創造する事の、何と難しき事かよね」
少なくとも、私には出来そうにないわと思う隼那。
「例えば、旧き禁呪を使う事は、愚策でしか無さそうね」
新しき禁呪の創造……だがそれすらも、前の宇宙で行われていた事ならば……。
「――打つ手無しね。
上限を超えればいいのでしょうけれど、下限の絶対値は、『0』である事を下回れないものね」
ふと、手加減はするなとは、コレが由来であるのかも知れないと、隼那は思った。
「……私たちは、来世では存在して居ない方が良いのかも知れないわよね」
「隼那、それは極論すぎるぜ?」
恭一は、弱気になった隼那を窘めた。
「少なくとも、俺たちが皆で世界を救おうとしなければ、世界は救われないのかも知れないぜ?」
「……そうね。
じゃあ、恭一は『コキュートス』の運用に消極的?」
「少なくとも、積極的に使おうとは思わぬな」
「なら私は何故、札幌までテレポートで連れて来られなくちゃならなかったんですか!」
「俺が『プロメテウス』の使い手であるから、だな!」
「……は?」
つまりは、恭一が過熱した分、涼一に冷却せよ、とでも云う事かと。
涼一はそう思って、なら、プロメテウスを使わなければ良いのでは?等と思ったりした。
「北海道は寒冷地だ。なら、暖かくなれば良いかと思ってみれば、過熱してしまって、降雪量が増えた。
だから、一度冷却したい。でも、ソレを防いでいる、過去の有名な作家の作品が残されているんだ」
「だからって、もっと寒くしたら、現代の道民にとっては、寒過ぎませんか?」
「そうか……。そう云う問題もあるのか……」
勝手に納得し、勝手に疑問を抱く恭一。
「兎も角、コレは貴方に預けるわ。
運用するしないは勝手だけれど、紛失だけはしないように気を付けて扱って頂戴」
「はい。――コレ、露で運用して、『雪祭』にでもすれば良いですかね?」
「出来るのならば、その方が良いのかも知れないけれど、雪がソレを嫌う可能性は否めないわね」
「そんなに雪に嫌われますかね?」
「そりゃあ、ねぇ……。子供の頃の過ちとは言え、雪はソレを許せないでしょうよ」
「『祭』はそんなにも何もかもに嫌われますか」
「正確には、『松り』がでしょうけれどね」
隼那は深刻そうにそう言った。
「ホントに、日本の『イジメ文化』、最低だよ!」
恭一もそう強く言った。
「根本にある『イジメ文化』の解消を行わなければ、日本はこれからもずーっとサタンの生誕の地になるわ。
――尤も、ソレは同時に『龍神』の誕生でもあるのだろうから、日本はソレを必ずしも悪い事と認識しないであろうことが、非常に問題なのよ!」
「問題は、ソレにどれだけ早く気付くか、と云う事だな。
フラグをへし折るつもりで居なければ、特に今年。多くのサタンが誕生するぞ?」
ツラいだろう、苦しいだろう。
だが、ソコに一片の希望を見出さねば、世界を支える『柱』が減る。
それでも、ワザとサタンを誕生させる事は、罪深い事だと知れ!
縁起の良し悪しなんざ、思い込みの違いでしかない。
だが、サタンには未だ呪いが掛かっている。
それも、相当に強力な。
ソレから解放される、西暦2027年10月以降。
サタンは、己を動かす強力な『エンジン』となる。
だが、もしもワザとイジメを行なおうとする者よ、貴様もサタンと化す事を知れ!