クルセイダー出陣

第16話 クルセイダー出陣

 何杯目かのコーヒーをお代りする。
 
 気付く度に止めていた貧乏揺すりが、再び始まった。
 
「恭次、落ち着いてよ!」

「分かってるよ!」

 苛立ちから、ついつい口調が強くなる。
 
 その喫茶店『エルサレム』は、クルセイダーによって貸切状態になっていた。
 
 そこにいるのがこの街にいるクルセイダーの全てでは無いが、戦力のほとんどは結集している。
 
「リーダー。そろそろ俺たちは――」

 声を掛けた男は、恭次に睨まれるとすごすごと引っ込んだ。
 
「もう少しだから、待ってて頂戴。

 それと、今のリーダーはアタシだってことは、忘れないでね」
 
 反応がイマイチだ。昨日までとは何か違う。
 
 原因はアテネを失った事だろう。あのソフトを使える事だけが、隼那が尊敬を集めていた理由だったのだ。
 
「感じ悪いわねぇ。

 ……あ、また来た」
 
 隼那はテーブルに広げている地図に、点と数字とを書き込んでゆく。
 
 見る者が見れば、彼女の身体からは数多くのサイコワイヤーが四方八方へと伸びているのが分かった筈だ。
 
「500人を突破したわ。

 問題は、そのうちのどれだけがファフニールを使っているか、ってことね」
 
 数少ない、彼女をしたう男たちがその地図を覗き込む。印は街の重要な施設を中心に、あらゆる所につけられている。
 
「随分と多いですね。

 この街でこの人数だと、他の都市は……」
 
「東京には1000人以上、いるでしょうね。

 こっちに随分とドラゴンを持って来たから、向こうは苦戦するわね。
 
 ……この国は要警戒と云われていたけど、ここまで大掛かりに動いて来るとはね」
 
 再びテレパシーが届いて、隼那は更に地図への書き込みを加えた。
 
 ちらりと、店の壁に掛けられていた電波時計に目をやる。
 
 9時を回っている。
 
 地下鉄に彼らが向かっているのなら、とうに部下に出会っている筈の時間である。
 
「やっぱり、アタシらを探して、昨日のホテルに向かったのかしら?」

 そちらにも、部下は向かわせている。そっちに向かっているとするならば、もう少し遅れてもおかしくはない。
 
 その時、突如店の一角に人影が現れた。地下鉄に向かったテレポート能力の高い部下と、彼らが昨日出会った少女だ。
 
「すいません、遅れまして。

 一人で現れたので、手間取りました。
 
 すぐに有野に知らせて来ます」
 
 テレポートで現れた男は、すぐにまた姿を消した。
 
 楓が恭次たちへと走り寄る。
 
「よく来たな、お嬢ちゃん。

 あのオッサンはどうしたんだ?」
 
「セレスティアル・ヴィジタントに連れて行かれた。

 お願い。手を貸して欲しい」
 
「連れて行かれた?

 何故だ?」
 
 楓は首を横に振る。心当たりが無いと、疾刀も言っていたと付け加える。
 
「……そうか。

 居場所は……分からねぇよな。
 
 アイツをアテにしてたんだが、そう甘くは無かったか。
 
 お嬢ちゃんは、ここで何か甘い物でも食べて待ってな。俺が何とかしてやるからよ。
 
 おい、おめぇら!」
 
 そう云う恭次は、今の彼らにとって、確実に、リーダーだった。
 
「待たせたな、出番だぜ!」

 待ってましたと云わんばかりに、店にたむろしていた男たちが一斉に立ち上がる。
 
 恭次はその先頭に立って店から出ようとしたが、その手を掴んで楓が止めた。
 
「待って!

 僕も戦う!」
 
 少女の力強い発言に、男たちが一斉に笑った。
 
 恭次はそんな頼もしい少女を抱え上げて隼那の隣に座らせると、店長にフルーツパフェを注文する。
 
「戦争に、女子供を連れて行く訳にはいかねぇよ。いくらお嬢ちゃんがやる気でもな。

 お嬢ちゃんは、昨日のアレで、隼那を守ってやってくれ」
 
 再び立ち上がろうとする楓を、今度は隼那が止める。全力で止められていたので、楓も無理には振り解こうとはしない。
 
 やがて男たちの姿が見えなくなると、悔しそうにはしているが、大人しくなった。
 
 その目の前に、色取り取りの果物にいろどられたガラスの器がコトリと置かれる。
 
「これでも食べて、待ってましょう?

 ――確か、楓ちゃんだったっけ?」
 
 隼那は少女の名前を思い出しながら、ふとある事に気が付いた。
 
「風魔 楓……だったわね。

 もしかして、カザマステップの風魔?」
 
「……そうかも知れない。

 お兄ちゃんは、ダークキャットの開発をしていたから」
 
 言われてから、気付くのが遅かったことを悔やんだ。
 
 根っからのライバルではないか。誘いを断るのも当然だ。
 
 向こうもまるで逆のやり方で、世の為人の為に働いているのだから。
 
「じゃあ、そのせいで狙われたのね。

 なら、ここにも連中がいると考えた方が良いわね」
 
 大和カンパニーのビルのある辺りに、更に印を書き加える。
 
 ついでにその近くにいるテレパシストに、その近辺を探るようにとの指示を出す。
 
「これあげるから、お姉ちゃんだけでも良いから、協力して!」

 ポケットから取り出されたソフトは、昨日のワイバーンだ。
 
 手を加えたらしく、『WHITE』の文字列が加わっている。
 
「人数だけなら、集められるんだけどね。アタシを慕っている女の子は多いから。

 けど、みんな戦えるソフトは持ってないのよ。みんな、テレパシーとかESPとか。
 
 アンチサイも少しはいるけど、ファフニールには通用しないのよね」
 
「何人くらい?」

「ちょっと待ってね」

 隼那は店主に云って、メンバーのリストを持って来させた。
 
 店自体がクルセイダーの札幌支部を支援しているので、そういった物は店主が極秘で管理している。
 
 渡されたファイルをめくる。
 
 やはり女性は少ないようで、後ろの数ページが女性メンバーのリストとなっていた。
 
「男も、テレパシストなら集められるわ。

 ――もしかしてソフトを書き換えるつもり?」
 
 楓はファイルに目を通しながら首を横に振った。
 
「時間が掛かるし、それほど大きく変更することも出来ないもの。

 そのテレパシストで、どれくらいの人数でネットが組めるの?」
 
「――ネット?」

 そのままの意味で受け取るのなら、網。だがその場合、アクセントは尻下がりになる筈だが、今回はそうではない。
 
 楓はそれが一般的に使われている言葉では無い事に気が付いて、どう説明しようかと悩んだ。
 
「……言い換えると、ゲシュタルトを形成するとも云うんだけど……そっちの方が分かりにくいと思う」

「うん。全然分からない。

 ……とりあえずさ、皆に集合かけるから、楓ちゃんは、それでも食べてなよ。
 
 もし、これで男どもを見返してやれるんなら、皆喜ぶわ」
 
 早速隼那は、テレパシストに呼び掛けて、いつも使っている連絡網で集合を掛けたのだった。