ガラスの刀

第7話 ガラスの刀

「エンジェル!

 まさか、こんなところに……」
 
 そこに待ち受けていたのは、六人ものエンジェルだった。
 
 丁度、二人を取り囲む形で浮いている。
 
 迷いは即、死に繋がる。
 
 アイオロスは今すべきことを即座に判断した。
 
「……多分、アルフェリオンの封印が解けたからです。

 以前に一度、私が目覚めた時にも――」
 
「悠長に話している暇は無い。

 僕はアイオロス。君の名前を教えてくれ」
 
「名前……?

 ……『EMA』」
 
「エマ、飛べるな?」

 エマが小さく頷いたのを確認して、アイオロスはエマから手を放し、背中合わせに浮かび上がって、エンジェルと向かい合った。
 
 エンジェルの内二人がその場で光球を生み出し、残る四人がやや高度を落とし、建物を攻撃し始めた。
 
「私の研究所!

 何故?アルフェリオンが目的なのでは無いの?」
 
 エマが下の四人を追おうとするが、エマと向かい合っていたエンジェルに回り込まれ、行く手を阻まれる。
 
「……本気を出していない、今がチャンスだな」

 アイオロスが真ん前のエンジェルの方に正面から突き進む。
 
 ――速い。かなりの速さだ。
 
 そんな速度で飛べる理由は、今は秘めておくとして、アイオロスは、エンジェルの手から放たれた光の球を避け、左手で刀を突き出し、同時に右手で懐を探り――
 
「無い!」

 いつもの癖で反射的に拳銃に頼ろうとしていたことに気付き、すぐに放たれた二発目の光の球を慌てて避ける。
 
 拳銃は、先程エマの注意を引くために放り投げたことを思い出すが、同時に弾切れであったことも思い出し、放り投げた事よりも、それに頼ろうとした事を悔いた。
 
「お願い!やめて!」

 下から、エマの悲痛な叫び声が聞こえて来た。
 
 目の前のエンジェルをあっさりと片付けて、彼女のフォローに回るというアイオロスの考えは、どうやら甘かったらしい。
 
「さて……。どうしよう」

 もう、アイオロスにはエマに気遣う余裕は無い。
 
 エンジェルの攻撃を避けながらも、後はエンジェルの使う本格的な防御魔法の、唯一に近い弱点である、持続時間の短さを攻めるしかないと、考えていた。
 
 幸い、ガラスの――透明であることを強調した表現だと思いねぇ――刀は、未だ見せていない。
 
 エマの話が本当なら、ソレを抜いた時に一人、本格的な攻撃と防御の為の魔法を使われる前に手数で押せば、もう一人。
 
 ――と、二人までは倒せるであろうと考えていた。
 
 早速、やや大振りに目の前のエンジェルに斬り付ける。
 
 エンジェルの攻撃を避けきれないという危険性はあるが、無詠唱で発動された魔法は、一部の例外を除いて、威力は低い。
 
 その程度の攻撃であれば、アイオロスの着けるマジック・アイテムでもある胸当て『フライト・アーマー』の秘められた能力が発動している今、無効化出来る程度の環境は整っている。
 
 フライト・アーマーには、空を飛ぶ能力と、その時に際し、さほど強力では無いが、風の結界を張る能力が備わっているのだ。
 
 まずは予定通り、大振りで斬りかかった左手の刀が、エンジェルの衣に弾かれた。
 
 下手な防弾チョッキをも凌駕りょうがする防御能力を持つその衣には、やはり物理的な攻撃に対してはかなりの防御能力が備わっている。
 
 次に、これもまた予定通り、弾かれたその刀では斬り付ける事の出来ないようなタイミングで、右手が走る。
 
 エンジェルも油断していた筈だ。
 
 ガラスの刀を抜いての攻撃が、エンジェルの首を切り落としたところまで、完璧に予定通りだった。
 
 直後、迷うことなくエマのフォローに回ったアイオロスには、エンジェルが生み出した光球までもをガラスの刀が切り裂いた事実に気付く余裕は無かった。
 
「邪魔よ!

 『FIRE』・『BALL』!」
 
 エマの魔法が、正面にいたエンジェルを火達磨ひだるまにする。
 
 二人のエンジェルが倒された事によって、残る四人の注意が、研究所からアイオロスたちに向け、替えられた。
 
 既に、研究所の最上階は消え去っている。エンジェルの、呪文を用いた魔法によるものだ。
 
 その威力に背筋に走る冷たいものを感じながらも、アイオロスは残るエンジェルの一人を目指して突き進んだ。
 
 迷わずに両手の刀を続け様に突き出す。
 
 サクッ。
 
 それは、そのまま呪文を唱え続けるのならば、殺しますよとのメッセージを込めた、ただの牽制でしか無かった。
 
 エンジェルの胸を狙ったその攻撃。
 
 元々、アイオロスが持っていた刀の方は予定通りにエンジェルの衣に弾かれた。
 
 が。
 
 ガラスの刀の方が、良い意味で予想を裏切った。
 
 その透き通る美しい刃が、エンジェルの身体とその身に纏う衣とを、あっさりと貫いたのだ。
 
「なっ、……なんだ?」