ウェディングケーキ

第26話 ウェディングケーキ

 音楽祭は、盛況を極めた。

 ヒロイン達の歌声に熱狂するファン達。

 デッドリッグの歌は勿論、ルファー達のやや稚拙な演奏も、十二分にウケていた。

 感極まって、舞台上で泣きながら歌うルファー達と云うのも、中々に見物だった。

 そして、何よりグルーヴ感がある。

 前世の記憶持ち以外には、意味不明な言語で歌われている曲たち。

 だが、言葉は伝わらなくても、意味は伝わっていた。

 そして、デッドリッグの歌った『デュ・ラ・ハーン』に至っては、失神者が出た。

 特に2年生以上の女性の失神者が多かった。

 『ヘブンスガール・コレクション』のテーマ曲以外に、曲の全てを記憶している曲は無い。

 だから、レパートリーは決まっている。

 若しくは、キャッチーなフレーズばかりを集めた何処かいびつな曲ならローズが作曲──編曲していたが、出鱈目な仕上がりになっていたので、それは用いない。

 皆が熱狂していた。

 無理もない。一年間、皆は待っていたのだ。

 一年ぶりの、二度目のお楽しみだ。

 そりゃ、アマチュアである事は間違い無いし、練習期間もそう長くはなかった。

 だが、辛うじて『曲』になっていた。歌は、歌詞が日本語の為、転生者以外は誤魔化してもある程度、通用する。

 プロなら許されないレベルの『甘え』だった。

 それでも、音楽祭は熱狂を高め続けるイベントとして終わった。

 無事に盛況で終わってひと安心。その安堵あんどの中、皆はその後に待っている後片付けを億劫おっくうに思っていたのだが、ローズはそこも人を手配している。

 準備にも人を使ったのに、後片付けに使わないと云うのはあり得ない。

 ルファー達の楽器は、ドラムはバチルダと共用だったが、それ以外──魔法機ギターと魔法機ベースは、各自持ち帰り、彼らも打ち上げに誘われた。

「お疲れ様でしたーーーー!!!!」

 ローズが珍しくハイテンションで乾杯の音頭を取った。

「いやぁ~~~~、後継ぎが居ると思うと、安心して今年度末、卒業出来ますわ!」

 序でに、結婚式も済ませてあると云う認識なのだ。さながら、打ち上げは『披露宴』と云ったところだろうか。

「コレで、デッドリッグ殿下とは、6人とも公然の仲ですわ。

 皆さん、ご両親は見学に来て頂けてありますわよね?」

 他の5人がコクリと頷く。

「あ、俺は無理だぞ。皇帝陛下がイチ学園の音楽祭に参加なんて、許される訳が無いからな!」

「其方は、無理を通されれば玉前ぎょくぜん演奏会と為るのが危惧きぐされる程度で、問題は御座いませんわ」

 そう言って、ローズはホホホと笑う。

 否、玉前演奏会となると、十分な重大事なのだが、ローズとしては、デッドリッグとの仲を認めてくれるのならば、程度の気持ちであった。

 デッドリッグは、「玉前演奏会なんて、洒落にならんぞ?」と思っていたのだが、実情としては、アマチュアレベルの腕前、しかも一夜漬けならぬ浅漬けなのだ。

 最悪でも、「陛下に聴かせられるレベルの腕前では御座いません」と断れば、デッドリッグは無難に終わると思っていた。

 ただ、コチラの世界では新しい音楽ではあるのだ。その一点を以て、興味を持たれる可能性はゼロではない。

「……婚前交渉とか、陛下に知られたら、俺は相当に怒られるんだけどな……」

 ローズが、不思議そうな顔をしてデッドリッグの様子を窺う。

「本人同士の合意の上、婚約の約定やくじょうが取れている婚前交渉は、違法ではありませんわよね?」

「いや……そうなんだが……。

 ──んんっ!父上には知られたくないものだな!」

「ステージ上でケーキカットでもすれば良かったでしょうか?」

「否、そう云う問題でも無い。

 そもそも、ケーキカットする程のサイズのケーキなんか、そう簡単に再現出来ないだろう?」

「そうですか──」

 ローズはお付きの人の方を向いて、両手をパンパンッと打ち鳴らした。

 すると、間もなくウェディングケーキがやって来た。

「まさか!用意していたのか?!」

「ええ。ステージ上では、流石に衛生上の問題とかありますので、控えましたけれど。

 でも、前世の記憶のあるワタクシ達にとっては、ケーキカットは結婚式の添え物として、欠かせないものでしたからね」

「……文化的にも、かなりオーバーテクノロジーの品だろうに……」

「ホホホ!それを言い出したら、既に大概やらかしておりますわ!」

 確かに。

 たこ焼き一つ取ってもそうだ。アニメ映写機なぞ、技術の進歩の順番からして違っている。

 楽器も、魔法で強制的に機械音を発している。

 これ以上、何をやらかすかと思ったら、このウェディングケーキだ。

 直径70センチ程もあり、3段でデッドリッグの背より高い代物だ。

 ケーキのスポンジを焼く技術の改革を行ったに違いあるまい。

 生クリームも、未だコチラの世界では珍しい。大抵がバタークリームだ。

「その内、カスタードクリームのシュークリームでも作り上げそうな勢いだな……」

 デッドリッグは、何気なくポツリと呟いた。

「そうですわね。殿下がお求めとあらば、至急で作り上げないとなりませんわね」

「ローズさん、エクレアもです!」

 バチルダがそう指摘すると、ローズは人差し指を揺らした。

「その前にチョコレートの再現が先ですわ。

 コレについては、未だ原材料が見つかったとの報告すら上がっておりませんから」

 ローズの野望、果てしなし……。

 だが、カカオを見つけたところで、その製法まで誰かが知っている訳でも無く、当面はチョコレート・ドリンクの再現を目指す、と云う程度の目標で留まるのであろう。

 まさか、アダルの前世がチョコレート職人であったなど、デッドリッグは知る由も無かった。

 まぁ、ヒロイン達の間では、何を再現するのにどうすれば良いのか、その手法を知っているか等の情報交換が頻繁に行われていることすら、デッドリッグは知らないのだった。