ウィリアムの手紙

第26話 ウィリアムの手紙

『この手紙を、パフェに読んで貰えることを願う』

 その書き出しから、どれだけウィリアムがパフェを心配したのかを、思い知った。
 
 生死に関わるとすら、思ったのだろう。再び、涙を我慢する必要を知った。
 
『この手紙を読んでいるということは、君は生きているんだね?

 そうであったなら、僕はようやく安心出来るよ』
 
「……勝手に、生死に関わる病気にしないでよね」

 悪態をつくのも、涙を堪える為。
 
『出来る事なら、大会をやり直してでも、君と一緒に全国を制したかった』

 でも、限界だった。涙が手紙に零れ落ちるのを、素早く右手で受け止めた。その手で、目元を拭う。
 
『でも、来年もあるよね?それまでに、僕も猛練習するよ。

 そして、君と同レベルでアーチェリーという競技を出来るようになりたい』
 
「出来る訳、無いじゃない」

『心配したよ。大丈夫かい?

 ……最初にそう確かめなかったのは、コレを読んでいるって事は、君が大丈夫な筈だからというだけであって……。
 
 丸一日経っても、意識を取り戻してないって聞いたからね。でも、久井さんは大丈夫だって言っていた。
 
 理由は教えてくれなかったけど』
 
「教える訳、無いじゃん。

 いくら緋三虎でも、アンタにその理由を教えたら、ちょっと罰を下す必要性が生じるわ」
 
『そうそう、狼牙オジサンと、初めて会ったよ。……オジサンって言うのは、失礼かな?

 僕も、あんな大人になりたいよ』
 
 クククと、パフェは忍び笑って言った。
 
「なったら、絶交するわよ?」

『君とは一緒に行けないけれど、全国の空気を感じに行くよ。それまでに、また会えたら良いな。

 また、一緒に練習しようよ』
 
 一つ、パフェの中に黒い思惑が芽生えた。
 
『優勝出来たなら、言う事はないんだろうけれど、多分、今年にソレは無理だから。

 だって、君と一緒じゃないんだから』
 
 その思惑は、段々と膨らんでいった。それを止める事は、パフェには出来なかった。
 
 ――ウィリアムの血を、吸いたいのだ。
 
『でも、もし優勝出来たのなら、優勝トロフィーを一年間だけ、君に貸してあげるよ。

 それは、君が得るべきものだから』
 
 パフェは、自身が吸血鬼であることを、恐らく初めて、心の底から理解した。
 
『そして来年になったら、君は君のトロフィーを得るんだ。

 ……僕は得られるとは限らないけれど。
 
 だけど、その為の努力は惜しまない。
 
 君がそのために協力してくれるというのなら、とてもありがたい』
 
「ねえ、オヤジ……」

「……何だ?」

「……読み終わってから」

 自分から声を掛けた癖に、などという思いをした様子を、狼牙が示す事は無かった。
 
『君が、あれほど完璧なシューティングを出来るのには、何かコツとか理由とか、あるのかな?』

「……輝のこと、どう思った?」

「好青年だな。お前の尻に敷かれるのは、とても可哀想で残念だ」

「変な占い、してないでしょうね?」

 それを、狼牙は無視した。ほとんど肯定したようなものだ。
 
『それを僕も習得出来たなら、来年、一緒に全国を制せるかな?』

「……そうね。アイツを、対等の立場にしてやるべきよね」

「緋三虎ちゃんに、譲ってやらないのか?」

「……アイツは、アタシの為だけに存在するの。

 緋三虎でも、それは譲れないわ」
 
『……話は変わるけれど、久井さんって、カレシいるのかな?』

 瞬間、パフェは手紙を破りそうになった。
 
『ちょっと、気になっているんだ。

 ……勿論、君の事も好きだよ。
 
 でも、それは恋愛の対象としてじゃなくて……。
 
 好敵手ライバル、なんだ。永遠の。
 
 異性の親友になれるとしたら、相手は君しかいない』
 
 今度は不敵にフフフと笑った。
 
「分かってないのね。アンタとアタシは、対等じゃないの」

「ならば、緋三虎ちゃんに譲るべきだな。

 あの二人なら、良いカップルになりそうだ」
 
「黙れ、オヤジ」

『また、お見舞いに行くよ。

 その時までに、意識が戻っていたら良いな。また、一緒の的で練習しよう。
 
                              白井 輝』
 
「……コイツめ、アタシに、覚悟を決めさせやがった」

「……血を吸う、つもりか?」

「悪い?」

 返事は無いが、方眉が吊り上げられた。そして、「そろそろ帰らねば、夕食だ」と言って去った。
 
 すぐに看護師が来て、それから間もなく、医師もやって来た。
 
 バイタルを確認して、「親御さんには断られてしまったけれど」と断りを入れて、精密検査をしたいという主旨を話されたが、パフェも頑として拒む。
 
 早期の退院も求めたが、それにはあと一週間と言われてしまう。「ま、場所は病院でも良いって言えば、良いのよね」と、頭の中でウィリアム・ヴァンパイア化計画を練り上げる。
 
 一人部屋の個室なのが、パフェにとってはとても都合が良かったのだった。