それぞれの師匠

第20話 それぞれの師匠

「うーん……。試してみたいけど……方法が無いだろうな」

「ありますよ」

「何だって?」

 クィーリーの一言に、驚いて振り向いたのはアイオロス。
 
 驚いたという程の反応でも無いが、フラッドとトールもそちらの方を向いた。
 
「エンジェルとの模擬戦闘をする方法でもあると云うのかい?」

「はい。エンジェルを一体、召喚すれば済むことじゃないですか」

「……君に、エンジェルの召喚は出来るのかい?」

「ええ。簡単な魔法です。――私の腕さえびついていなければ。

 ついでですから、そちらのお二方の実力の程も、それで確かめてみますか?」
 
 アイオロスは強く頷いた。
 
「是非、やってみたいね。

 お二方はよろしいかな?」
 
「私は構いませんわ。

 トールは?」
 
「エンジェルと戦えるのか?嬉しいねぇ。勿論、望むところだ!」

 指を鳴らすトールの仕草から、皆、彼の意気込みを強く感じる事が出来た。
 
 この様子だと、無理矢理にでもクィーリーに協力させて、実行しそうだ。
 
「と、云う事になった。

 クィーリー。続けて三体ものエンジェルを召喚しても、君には問題無いのかい?」
 
「ええ。

 でも、その前に確認しておきたい事があります。……よろしいでしょうか?」
 
「……何かな?」

「アイオロス様に、ではありません。そちらのお二方に、です。

 フラッドさん、あなたはエルフで、そちらのトールさんはジャイアントではありませんか?」
 
「――!」

「おう、良く気付いたな」

 フラッドは表情を引き締め、トールは感心した様子でそう言った。
 
 アイオロス一人が、一体、何が何のことやら、分からないでいた。
 
「フラッドさんが、あまりにもエンジェルについて詳し過ぎましたからね。その程度の予想はつきます。

 ある程度の情報は流れて来ていましたし。
 
 そうなると、フラッドさん。あなたは、私には劣っても、普通の人間を遥かに凌駕する魔法の使い手である筈ですが……」
 
 言いたくない事なのか、フラッドは嘆息し、しかし、然程躊躇わずに語り始めた。
 
「隠しても仕方が無いから、言いましょう。

 その通りです。が、はっきり言って、私の使える魔法で役に立ちそうなものって言ったら、フライトとファイア・ボールぐらいですね。
 
 剣術も、遠くの魔法科学研究所から派遣されて来たウォーディンと云う男の方に、ある程度仕込まれましたが、エンジェルに通用するレベルではないと自覚しています」
 
 それを聞いて、アイオロスが口を挟まずにいられず、気付いたらこう言っていた。
 
「へぇ。奇遇ですね。僕の師匠もウォーディンって名前でしたよ」

 アイオロスが奇遇だと言い放ったそれは、ただの偶然なのか、加えてクィーリーもこう言い出した。
 
「あら、そうなんですか。

 こんなこともあるんですね。私に魔法を教えてくれた人の名前も、偶然、ウォーディンさんって言うんですよ」
 
「へぇ……。

 ――って、アイオロスさんが言ったその人は、百年前後のタイムラグがあるから、ただの偶然なんでしょうけど、私の言ったウォーディンさんと、クィーリーさんが言ったその人は、同一人物の可能背もあるんじゃないかしら?」
 
「因みに、月の満ち欠けで髪と瞳の色が変わるっていう、変わった体質の持ち主でしたけど」

「「師匠だ!」」

 アイオロスとフラッドが、同時に叫んだ。
 
「そんな体質の持ち主、二人といないと思いますが……」

 アイオロスの意見を聞いて、フラッドが同意する。
 
「そうね。

 あの方も私たちと同じ方法で、何処かの研究所に封じられていたということかしら?」
 
 ココで、フラッドが持ち合わせていた情報を口にした。
 
「因みに、彼こそがマジシャンだと云う噂を聞いた事もありますけど……。

 でも、他のマジシャンとは違って、月の満ち欠けに魔法を使う能力が影響されるって聞きましたけどね」
 
「――?

 マジシャンって、一人じゃなかったの?」
 
 アイオロスの言葉で明らかになった、それぞれの持ち合わせている情報の相違点。トール以外の全員が、ようやくソレに気付いた。
 
「違いますよ。

 私が知っているのは、もう一人だけなんですけど……。
 
 そっちの方の方が有名だと思います。……バッカスと云うお名前なんですが」
 
 多少の期待をしていたフラッドが、残念そうに首を横に振った。
 
「……聞いた事が無いわ。

 つまり、こういうことね。マジシャンは、最低でも三人は居た、と」
 
「あなたも、他のマジシャンを知っているのですか?」

「ええ。ソルって名前の人よ。――知らないでしょ?」

「はい。

 ウォーディンさんがマジシャンであるらしいって話は聞いた事が無いんですか?」
 
「ええ。そんな情報は入っていないわ。だから、ソルが唯一のマジシャンだと思っていたわ。

 ……でももう、死んじゃったけどね」
 
「どうやらあなたとは、ゆっくりと情報交換する必要がありそうですね。何でしたら、今晩にでも」

 「今すぐにでも」と言われなくて、アイオロスはほっとした。二人の話は、どこまで続くか見当もつかない。
 
「じゃあクィーリーさん。今晩、この部屋に泊まらない?

 代わりに、トールをあなたが借りた部屋で寝かせるってことで」
 
「アイオロス様、よろしいでしょうか?」

「ああ。君の好きにするといい」

「じゃあ、商談成立ー。

 この子、借りるわね、アイオロスさん。
 
 ……ひょっとして、一緒の部屋だった?」
 
「ええ」

「なら、トールがお世話になりますけど、図体が大きい分、場所を取るだけで、寝相が悪いなんてことはないですから、ご安心下さいね。

 ……それにしても、ウォーディンさん、どうして私には、魔法を理論から教えてくれなかったのかしら?」
 
「その時点では、解明されていなかったのでは?」

「――ま、今はそのあなたの意見に納得しておきましょうか。

 出来れば、魔法の理論を、障りだけでも教えていただきたいのですが……」
 
 言われても、アイオロスとしては苦笑するしか無い事情があった。
 
「……僕、覚えが悪くて……。だから魔法に関しては見放されたのですけど……」

「肝心なところで、役に立たないのね、あなた。

 対エンジェル戦においてはそうでないことを祈ることにしましょうか」
 
 フラッドは、人によってはカチンと来る言い方をしたが、アイオロスは特に気にしない。
 
「ま、出来る限り頑張りますよ」

 せいぜい、こう言って終えただけだ。嫌味のつもりも、ない。
 
「なら、さっさと腕試しに行きましょうか」

 トールはその言葉を聞いて、部屋の隅に立てかけてあった、刀身が2メートルほどもある巨大な剣を肩に担いだ。
 
 この四人、パーティーを組むならリーダーは女性であるフラッドになりそうだと、思ったのはアイオロス一人ではあるまい。