『E・M・A』

第16話 『E・M・A』

「さて、何から始めましょう。

 ……そうですね。
 
 あなた」
 
 フラッドは言いながら意味も無く歩き回った末、クィーリーと向かい合ったところで足を止めた。
 
「あなたあ、『EイーMエムAエー』ですね?」

 ビクンッ!
 
 フラッドの言葉に、クィーリーの身体が大きく震え上がった。
 
「怖がらなくても良いですよ。私は、魔法科学研究所の関係者でしたから。

 もっとも、遠くにあった研究所の、ですけどね。
 
 無駄ですから、隠すのはやめて下さいね。それ程の魔力を帯びた人間なんて、他に居る筈がありませんからね。
 
 因みに、あなたが『E・M・A』であるなら、敵対するつもりはありません。
 
 アイオロスさんと仲良くしているようですから、私が標的としている『EイーNエヌAエー』ではないでしょうし。
 
 上着と仮面、外してみて貰えますか?」
 
 この要求に、アイオロスは焦った。クィーリーの翼は、体に密着して小さく畳まれていて、ローブを着ていれば翼があるとは中々分かりづらかったが、ソレを脱がされては、確実にバレる!
 
 フラッドが研究所の関係者か何だか知らないが、彼女がエンジェルであると知られるのは絶対にマズイ!
 
 だが、無闇にソレを拒絶しても却って怪しまれるのではないかと思い、アイオロスは一切の行動を躊躇った。
 
「はい。分かりました」

 そんなアイオロスの思いを知らずに――いや、一度アイオロスの様子をうかがいはしたのだが――、クィーリーは躊躇うことなくそう答え、仮面を外し、ローブを脱ぎ始めた。
 
「エ……クィー……リー……?」

 エンジェル特有の、あの白い服が見え始めたところで、流石にこれ以上は見せられないと、アイオロスは咄嗟に止めようとした。
 
 だが、見え始めたものは、彼の予想に全く反するものだった。
 
 ――否、表現が正確ではない。彼の予想しているものは、一向に見えて来る様子が無かった。
 
 そう、翼が――
 
「……無い」

 無かったのだ。エンジェルの最大の特徴である、翼が。
 
 アイオロスは暫しその驚きに囚われていたが、やがて平静さを取り戻し、フラッドの様子を見ると、彼女も先程までのアイオロスと同じ反応を示していた。
 
 アイオロスにやや遅れを取るが、視線に気付いて彼女も正気に戻る。
 
「――ごめんなさい。ちょっと、勘違いをしていたみたい。

 てっきり、あなたの背中に翼が生えているものだと思ってしまって……。
 
 ……その……私の知識では、『EMA』という名は、『E』タイプ『M』ランク『ANGEL』の略称ですので……」
 
 まさか本当の事を言う訳にもいかず、アイオロスはただ苦笑いをするだけでそれに答える代わりとした。
 
 内心、少々動揺していた事には、ひょっとするとその時には彼自身も気付かなかったのかも知れない。
 
 だが、すぐにそれを思い知らされることとなった。
 
「アイオロス様――」

「え?

 ……あ、……うん」
 
 何か、戸惑ったような様子で呼び掛けて来たクィーリーに、アイオロスは適当に相槌を打ってしまい、そのことをすぐに後悔する事になる。
 
 そんな羽目に陥る事など、予想だにせずに。
 
 クィーリーは、アイオロスの意思を確認して頷いた。アイオロスにそのつもりが無かった事にも気付かずに。
 
 クィーリーは何故か目を閉じ、背中を少し丸めた。
 
 この時点で、アイオロスには彼女がどういうつもりで何をしようとしているのか、全く見当がつかなかった。
 
 先程、彼女がアイオロスに意思の確認をするつもりであった事に気付いていれば、彼女がしようとしていることを予想して、止めたかも知れない。
 
「まさか……」

 フラッドは、頭に一つの可能性を思い浮かべ、一瞬期待して、すぐにその思いを打ち消そうと首を左右に強く振るった。
 
 果たして、彼女の予測は正しかった。
 
 三人からは途中まで見えなかったが、イオスの服の大きく開いた背中の部分から覗く肉が、大きく盛り上がると、すぐに白い翼が生えて来た。
 
「まさか、翼が収納出来るなんて……」

 フラッドの、予想が正しかったことを知った驚きは、大したものであった。
 
 しかし、アイオロスの驚きは、それを遥かに上回っていた。
 
 彼は、ただ呆然と口を開けたまま、真っ白になった頭で、必死に何が起こったのか、考えようとしていた。
 
 いや、考えるまでも無く、今、起きたことが、見た通りに起きていたのだが、その事実を認めたくなかっただけなのかも知れない。
 
「――アイオロス……様?」

 アイオロスの様子がおかしい事に気付いて、クィーリーは小首を傾げてアイオロスの顔を覗き込んだ。
 
 はたと、アイオロスがようやく正気を取り戻して、頭の方もようやくまともに動き始めた。
 
 何かを口にしようとして、そしてふと思い当たることに気付いて、考えを巡らし、ようやく先程の呼び掛けの意味を理解した。
 
「そうか!

 けど、何でこんなことを……?」
 
「――いけませんでしたか?」

 クィーリーが悲し気な表情をしてそう問いかけて来ると、アイオロスも何か、責任を押し付けている気がして、首を横に振った。
 
「……そろそろ、私の話を聞いて貰えますか?」