第35話 『セブンス・ヘル』
高級料亭、『セブンス・ヘル』。
そこでは、既に6人のヒロインが食事をしていた。
そう、6人。イデリーナもそこに居た。
「へぇ……。この料亭、そんなに安くは無いのになぁ。
待ち伏せるとは、いい度胸だ」
デッドリッグは、ローズと二人で二人掛けの席に座ってコース料理を注文した。
「ええ。前世の知識の情報と引き換えに、優遇して貰っておりますわ」
「なら、デザートは何が出て来るんだろうなぁ……」
そんな内にバルテマーもやって来て。
「個室は空いていないか?」
店員にそんな注文をして、個室の中へと消えた。
「私、殿下に挨拶して参ります」
イデリーナも、そこで動いた。が、店員によって阻まれ、当人の確認を願っても尚、断られて機嫌を悪くする。
「流石、嫌いな男性キャラNo.1。同じ殿下でも、扱いが違いますわね」
「否、俺がバルテマーの立場でも断ったぞ?
と云うか、今日だけはイデリーナはお邪魔虫だろう」
席が近い事もあって、聞こえてしまったイデリーナは、ガーンとショックを受ける。
「私がお邪魔虫、私がお邪魔虫……」
繰り返して呟く程度にはショックだったようだ。
「今日だけは、邪魔しないようにしてあげなよ。今日だけで良いから」
バチルダがそう宥めすかすと、イデリーナは何か妙な力強い助言を得たように反応した。
「明日からは、殿下は私のものですよね?明日からは」
「偶に譲ってあげないと、ダグナから刺されますわよ?」
「偶に……偶にかぁ……。
仕方ない。私、これでも『聖女』様として、神殿に認められた女ですもの。
でも!バルテマー殿下の正室の座だけは、誰にも譲りませんわ」
「誰一人、その可能性は否定していない事実ですから、お好きになされば?」
「はい!
……この身体、きっとまだ、出産に耐える体格迄は育っていませんけれど……。
殿下の後継ぎは、必ず私が先に産みますわ!」
ローズがプッと少しだけ吹いた。幸い、口に物は含んでいなかった。
「そうですわねぇ、デッドリッグ?
ワタクシの身体は、そろそろ十分に出産に耐え得る年齢に達したのだと思うのですけれども……。
今晩、ホテルの手配をしても?」
「……好きにしろ」
デッドリッグは黙ってホタテのバターソテーを上品にフォークで口に運んだ。
「あの二人、どんな話をされて居りますかねぇ?」
「興味無い。
ダグナ嬢を相手に、甘い言葉でも囁いていればいい」
デッドリッグが関心を失ったところで、一方、個室の中では。
「ふぅ……。今日だけは、ダグナとの時間を邪魔されたくは無い。例え、イデリーナでもだ。
しかし、デッドリッグはローズ嬢にとんでもない代物を贈っていたようだな。
ダグナ、正直に言って良いぞ。『負けた』と思っただろう」
「はい……。
アレは最早、『国宝』クラスですわ。
それにしても、バルテマー殿下は想像に反して、尽くす相手にはとことん尽くすのですわね。
正直、あの返金が無くても、ココの支払いは済む程度の金銭は持ち歩いていらっしゃるのでしょう?」
「否、あそこでもう一枚の支払いを求められたら、ココの支払いは出来なかった。
『ココで食事出来たら、地獄に堕ちても良い』と言われるだけあって、この店の食品は、他の追随を許さないのだ。
まさか、主要キャラが殆ど全員居るような状況は、想像の外であったが……」
「私も、まさかこれ程のプレゼントを贈って下さるとは想像の外でした。
万が一の場合には、私が正室になる可能性があったりして……」
ダグナはクスリと笑った後でこう付け足した。
「でも、間違っても『聖女』様を暗殺なんて考えてはおりませんから、ご安心を。
……それにしても、ココのお食事、美味しいですわねぇ」
「多分、ローズ辺りが画策したのだと思う。
レシピや素材の提供等、ココを王都イチの店に仕立て上げたいらしい。
元は、大衆食堂だったが、路線を変えて、高級料亭に相応しい店を建て替えたらしい。
その資金も、確かミュラー公爵の筋から、資金貸与があったらしいが、1年で返済したと云う噂だ。
看板にあっただろう?『皆の特別な日に』と。
それが故に──おっと、この先を言うのは野暮だな。
ダグナ嬢。今晩に限っては、君をベッドまでエスコートしたい」
そうバルテマーが言うと、ダグナは「もう!」と機嫌を損ねた。
「そう云う直接的な誘い文句が、印象悪いんです!
何故、嫌いなキャラNo.1なのかを、もうちょっと勉強して頂きたいところですわ」
「そ、そうか……。『共に宇宙の神秘を観に来ないか?』の方が良かったか?」
「うーん……伝わりづらいとは思いますけれど、事前情報がありますので、何を言わんとしているかは想像がつきますが……。
──チッ!前世でも口説かれた事が無いから、適当な例が見つかりませんわ」
ココで、バルテマーはどうでもいい事が気になった。
「前世では、ダグナはどんな女性だったんだ?
否、先に俺が言うのがマナーかもな。
嘘は言わない。ハゲデブメガネヲタオッサンだった。
だが、今世では努力して、──否、努力したのはバルテマーであって、ソコに巣食う俺の精神はちっとも努力していないな……。
ウム。嫌だと言うなら、未だ引き返せるが、デッドリッグに頭を下げてお願いしてみたいか?」
「いえ。デッドリッグ殿下も、前世では似たような状況でしょうから、願い下げですわ。
バルテマー殿下がその歳也にカッコ良い美貌を保っていただければ、私は望んで殿下の側室とお成り致します」
「そ、そうか……。済まないな……」
「大体、あんなゲームをする男に、ロクな男は居ませんから。ええ、前世は関係無しに、今世の殿下を求めますわ」
そんな会話が交わされているとは露知らず、デッドリッグは前から密かに計画していた件の話を、話題として繰り広げていた。
「飛車?!フライトカー!?
何ですか、その面白そうな計画は!」
「ハッハッハ。凄いだろ。ミスリル銀──正確には『水のアルフェリオン結晶』は、『龍血魔法文字命令』を書き込んだ球体にすると、空を飛べるんだ。
まぁ、機能を分ける為に10個のコアが必要なんだけどな。
確か……。
メインコア、サブコア、ベクトルコア、スピードコア、ブーストコア、ブレーキコア、セーフティコア、ハイトコア、G低減コア、スローコアの10種類だ」
「へぇー……」
ローズはデッドリッグが自慢気に熱く語るのかと身構えたが、デッドリッグの熱量は然程のものではなかった。
「何だ?興味無さげだな。
要するに、『UFO』みたいなものを作るのだぞ?
もうちょっと、関心を持って欲しかったな。
まぁ、今は未だレース用の機体を何機か作る程度で、一般にお披露目するには、未だかなりの時間が必要だがな」
ここに来てようやく、ローズはフライトカーへの関心を高めた。
「と云う事は、『UFO』の由来も、ひょっとしてそんな発明から?」
「かも知れん。
全方向に加速できるから、円盤型が良いようだとの見識は出ている。
ただ、コアのボックスが中央にあって、非常に邪魔でだな……。
レース用のは別として、4人乗りにするのが一番現実的だろうと言われている」
「……随分な浮力を得られるのですわね」
ローズは両手を組んで肘をテーブルに付き、その上に顎を載せてこう言った。
「では、その飛車の開発現場に、ワタクシ達を案内して下さらない?
食後、すぐにでも」
「──ん、あ!コアが一つ足りない!
パワーコアを積まないと、四人乗りを浮かすのは厳しい!
……そうだな。俺も現場を見学に行きたいところだったから、一緒に行こうか。
──あ!イデリーナさんは無理だぞ。寮に送り届けたら、ソコから先は別行動だ。
これは、王家からの命令と思ってくれて構わない」
「ええ~~!!折角、面白そうだと思ったのに……」
そう言って、イデリーナはしょぼけていじけた。
だが、話を聞かせる程度が譲歩の最大限の条件だった。デッドリッグは、この場合は『王家の命令』と云う重い命令を下しても大丈夫だろうと思っていた。
そう、バルテマーに、噂だけ聴かせる。そして、現物は見せない。レースの時まで。
そうして、レースの結果、見出された欠陥を解消してから、民間への技術提供と、恐らく上位貴族達の臨時の乗り物として普及させる。
そして、デッドリッグはその暴利の殆どを貰っていけるレベルまで、飛車とは深く深く関わっていたのだった。
「あ!もう一つ見つけた!ギアコアだ。コレが無いと、──そうか、リミッターコアも必要か!
フフフ……段々と完成に近付いて行くぞー!」
その為、アイディアはどんどん生まれては、採用・不採用が決まるのだが、現時点で十分複雑になっている。
コアの位置関係を制御するシステムは、部活動として行うには、少々難易度が高いのだが、何しろ、新しい魔法機だ。
部員の研究熱が高まっている事は、言うまでもあるまい。
尚、その日のホテルの予約はキャンセルになった。